千射万箭悉皆新 その②
放たれた1本の矢。
その二つ名の通り神速の矢は、美緒と誠の間を縫って、2人の産毛を焦がす。
壁に矢の突き刺さる音だけが後ろから聴こえて来て、その威力と勢いを察した2人は息を呑んだ。
誠は『神速』の下で修業をしていたから、その強さを知っているし、美緒だって弓道経験者だ。
少し見ただけでその実力を理解することは容易だった。
「──強い……」
「当たり前だろう?僕は『死に損ないの6人』に数えられるだけの実力者だ。ドラコル王国の中で僕と互角に戦えるような弓使いはいないし、ドラコル王国の外にだって──あぁ、うん」
『神速』は、頭の中で何か嫌なことを思いだしたのか、露骨に嫌そうな顔をする。
もしかしたら、ドラコル王国の外には『神速』と互角、もしくはそれ以上の人材がいるのかもしれないが、そんなことは誠と美緒は知る由はない。
「最悪だ、嫌なことを思いだした」
『神速』はそんなことを口にして大きく弓を引く。先程のは「いつでもお前らのことなんか殺せるぞ」という威嚇射撃であったが、今回は違う。
自分が思い出した苛立ちを八つ当たりとして2人に向けようと弓を放つ。
「〈雷光の天啓・花〉」
「「──ッ!」」
それは、この3週間ほどドラコル王国で弓使いとして活躍してきた2人も知らない技だった。
それはまるで花吹雪のように柔らかな風だ。その柔らかな風に紛れ込むのは無数の矢。
一本一本が明確な殺意を持った矢が、優しい風に紛れて美緒と誠の命を奪り獲ろうと試みる。
「ああ!あぁ!」
美緒の体に無数の矢が突き刺さり、痛みに耐えかねて喘ぐように息をする。
頬に、肩に、腹に、腿に、刺さる、刺さる、刺さる。
〈穿ちの矢〉のように、刺さった所から被害が広がるわけではないが、お互いに弓使いである現状、この矢をガードする手立ては存在しない。できるのは、矢に矢を当てて相殺するだけ──
「──〈千射観音〉」
美緒の隣で弓を構えた誠が、無数の矢に襲われながらも〈千射観音〉を発動させる。
MPを消費するのを自覚しながら、1000本の矢を生み出して放ち、〈雷光の天啓・花〉の対抗策として撃ち出す。が──
「──これはッ!」
〈雷光の天啓・花〉に伴う花吹雪。桃色の花弁と共に矢が吹き荒れる状態だ。
「ははは、残念だね」
この花吹雪は、ゲーム特有の演出でもエフェクトでもない。正真正銘の本物だ。
矢はともかく、花弁が宙を舞うのには、風が必要。──今は、誠達にとって向かい風が吹いている。
その向かい風が、誠達に牙を剥く。
誠が放った〈千射観音〉であったが、その向かい風に負けて後ろへと吹き飛ばされていったのだ。
「もう既にここは僕の戦場だ。君達が好きに弓を引けると思うなよ?」
──カエサル・カントール。
人々は彼のことを、その目にも追えない速さで放たれる矢を理由に『神速』と呼ばれる彼の本当の強みはその速さではない。
──『神速』の持つ強さというのは、同業者を絶対的に潰す実力と悪辣さであった。
ドラコル王国にいる弓使いに『神速』のことを聞けば、揃いも揃ってこんな言葉が返ってくるだろう。
『神速』に弓を見せた瞬間に負けだ──と。
それは誇張されているように思えるけれど、その言葉は嘘ではない。
『神速』は、まるで忍者のように自分の得意を相手に押し付け、相手の得意を排除して、逆に苦手を強制させる。そして、弓使いの苦手とすることを、弓使いである『神速』は誰よりも理解しているため、嫌がらせのようにその苦手を押し付けるのだ。
『神速』は、弓使いが苦手とする近接特攻を弓矢を使用して行うことが可能だ。その技術は、特別に誠に伝授されていたが、その近接特攻の弱点も理解しているので、誠が近接特攻を行っても簡単に対策可能だろう。
『神速』と対等に戦うことのできる弓使いは、ドラコル王国には存在していない。
世界を見回しても、『神速』と互角の実力を持つのは隣国であるニーブル帝国の『天弓』くらいだろう。
『天弓』が登場する話をプレイするためには、DLC『神の征く道』(2380円)を購入する必要があり、追加パックのことを気にしないでいい今回の第8ゲームで登場することはない。
要するに、『神速』と1vs1で互角に戦えるような人材はドラコル王国にはいないのだ。
「──仕方ない」
そう口にして、誠は体に矢が突き刺さるのを表情を一切変えずに耐えながら『神速』に接近する。
もちろん、『神速』は誠の動きを見逃さないので、〈雷光の天啓・花〉を止めて誠の近距離攻撃に対策をする。
『神速』が誠に教えたの弓矢を使った接近戦を簡単に説明すれば、「狙うのではなく大量に放て」というものだ。「数撃ちゃ当たる」という作戦らしくない作戦であるが、弓矢の人骨をも砕く推進力を近距離で当たれば、大ダメージは必至だ。
だが、対策は先程の説明よりも簡単で──
「接近されたならいっそのこと、相手が矢が引けない程に近付けば──」
誠にも教えていない近接特攻の弱点を、『神速』は舌なめずりをしながら実行し──
「馬鹿め」
「──ッ!」
その直後、『神速』の顔の側面に打撃が加わる。
弓矢による鋭い痛みではなく、何かに殴られたような鈍い痛みだ。
驚きのあまり目を見開く『神速』であったが、そんなに驚くことではない。
ただ、弓矢を使わず『神速』に蹴りを入れただけなのだ。これは、弓使い同士の模擬戦ではなく、情け無用の殺し合いである。
「何をそんなに驚いた顔をしてる?まさか弓矢を使用せずに攻撃したことに対して文句を言ったりはしないよな?」
「──野郎。ぶっ殺してやる」
「──ッ!」
てっきり、言葉を連ねて講釈を垂れてくると予想していた誠は、すぐに向けられた凶刃──いや、凶矢に反応が遅れる。
その場に横たわって倒れていた『神速』が上半身を起こして、誠に対して強力な矢を放ち──





