千射万箭悉皆新 その①
──〈離散〉。
応龍によって空中に投げ出された勇者一行は、そのまま茉裕の悪辣な魔法によって城内都市パットゥの内部に分散してしまった。
団体戦を予定していた勇者一行にとって、茉裕の介入はかなりの痛手であったと同時に、各地で同時に勝負を開始するため『古龍の王』との戦闘が開始するまでの時間を短縮することになっていた。
だけど、プレイ時間が危機に直結しない今、『古龍の王』討伐までの時間の短縮は特に利点にはならず、分散してしまったがために、タイマンするのは危険な相手ともタイマンを強いられるようになったのだ。
それこそ、皇斗と応龍の全身全霊の殺し合いは、皇斗以外では一瞬で死亡してしまっていただろう。
そして、龍種との戦闘を除けば『親の七陰り』のメンバーなどは『剣聖』にかかれば瞬殺だっただろう。
だから、〈離散〉は勇者一行を不利に転じさせて、『親の七陰り』のメンバーなどに勝ち目を残していることになるのだ。
相手の苦手を強制し、味方の強みを最大限に引き出す悪のカリスマ性を持つ茉裕は現在、健吾達と戦いを行っているが、この作戦を提案した人物は他にいる。
悪のカリスマを納得させてえ動かすことのできるような、悪の才能を持つ人物。
それは『古龍の王』と『羅刹女』とともに、王国戦争の首魁となった『死に損ないの6人』の1人。
強欲の権化である『閃光』の師である、傲慢の化身。現在妻は43人。
──人々は、その自由奔放で傲岸不遜な男を、その性格に似合わぬ正確無比で超高速の矢を放つことからこう呼んでいる。
──『神速』カエサル・カントール、と。
***
「──君達が僕の相手?やだなぁ、やりがいがない──って言うか、競ってて楽しくないんだよね。だって僕は『死に損ないの6人』に数えられていて、ドラコル王国の中で五本指に入るか入らないかくらいには強いんだよ?って、勇者の君達はそういわれても『死に損ないの6人』の中で誰が1番強くて──みたいなのはわからないか。仕方ない、僕は人に説教垂れるのが楽しくてね。君ならわかるだろう?ついこの間、僕の修業を体験した君ならね。まぁまぁ、そう睨むなって。それで、えぇと……あぁ、そうそう。『死に損ないの6人』の中で誰が一番強いのかって話だったよね。正直なことを言うと、そこのところはあんまりハッキリしてないんだ。というのも、君達がやってくる前に、急に『古龍の王』が代替わりしてね。今のパン一男に変わったのさ。それに、つい数日前に『魔帝』も代替わりしちゃったから、そこの2人の実力があまりわかってない状態なんだ。まぁ、僕の観察眼から見るに1位が『剣聖』で2位が『羅刹女』。3位に『古龍の王』が来て、4位に『魔帝』かな。そして、5位にこの僕が来るって感じになりそうかな。まぁ、正直言うと『無敗列伝』はこの中の誰とも引き分けになるから正直順位が付けにくい。1位の『剣聖』と引き分けだから1位タイって考え方もできるし、5位の僕と引き分けだから5位タイって考え方もできる。だから、気にするだけ無駄だ。あ、それと僕は5位って結果に不平はないよ。僕は別にこの世界で最強を目指してるわけじゃないからね。実際、僕は富や名声目当てで今日まで生きてきたし、今日からも生きていくつもりだ。え、何?その興味無さそうな顔。折角僕が教えてあげてるんだしさ、そんな顔しないで聴いたらどう?いやそんなことは天地がひっくり返ったとしても起こりえないことなんだけど、君達が何かの間違いで僕に勝っちゃったりしたら、『羅刹女』とか『古龍の王』だったり、『魔帝』と戦ったりすることがあるかもしれないんだよ?それなのに僕の話を無視しちゃっていいのかな?僕の話を聞かないのは自由だけど、それで後々後悔するのは君たちの方なんだよ?んまぁ、君達2人が僕に勝つなんてのはあり得ないからそもそも後悔とかは関係ないけど!」
この世界の人は強くなればなるほど話が長くなるのか──などと、『神速』を前にした美緒と誠の2人は思う。
2人が知る限り、『剣聖』のオタクトークと同じくらい──もしくはそれ以上の長さがあるかもしれないその講釈に、肩の力を抜いてやれやれと顔を見合わせる。
──美緒と誠の2人が、こうして同じ場所に転移したのには理由がある。
理由としては『剣聖』が周囲の仲間をかき集めて、応龍の起こした風による被害を最小化しようと言う試みを、誠ががいち早く察して、近くにいる美緒の手を掴んだのが発端だった。
美緒には健吾という恋人がいるけれど、この非常時にはそんなこと気にしてられない。
それどころか、取れたはずの手を取らなかった方が、後々の禍根を生むことになるだろう。
そうやって取った手が理由で、2人は同じ場所に〈離散〉で転移してきた。
ここにいるのは全員が全員弓使いだ。
美緒も誠も『神速』だって、揃いも揃って弓使いだ。
「──戯言は終わったか?バカの話は必ず長いというのは、本当だったようだな」
「はぁ?折角教えてあげたのに僕のことを馬鹿って言いたいの?全く──」
そんな言葉と同時、美緒と誠の立つ間を通り抜けるのは1本の弓。
威嚇用として放たれたそれは、2人の頬に風を当て産毛を削ぐだけの威力を持っていた。
2人の心臓のスピードが高まる。
──弓。弓。弓。
弓使いだらけの勝負を告げる音は今、世界を切り裂き響き渡るのだった。
「自分勝手」って、弓道由来の言葉らしいです。
弓使いである『神速』や『閃光』にはぴったりです。