弱くなったな
城内都市パットゥの第五層にて邂逅する4人。
出会った当初とは、纏うオーラや印象が変わり、これまで以上に余裕を醸し出している『総主教』のことを睨む愛香は、彼女と言葉を交わしても自分の立場が悪くなっていくことを思い出す。
『総主教』は、愛香よりも話術に秀でている。それは、地震に満ち溢れている愛香が認めるほどだ。
話術で勝てないのなら、武術で勝つ。
『無敗列伝』も『総主教』のことを殺そうとしているし、最悪責任は全部に彼に投げてしまえばいい。
それに、『古龍の王』──栄を攫った男に与する相手に容赦をするつもりはないし、横槍を入れられても困るから殺すことに不利益はない。
──と、愛香はそんなことを考えながら康太と『無敗列伝』が、愛香の左右に並ぶように立つ。
「またあのゴーレムがいる。デカいし厄介なんだよな……」
康太の注意は、どうやら『総主教』ではなく、その『総主教』が乗り操っているゴーレムの方に向いているようだった。
康太達が宗教都市ムーヌを追い出される時も、同じゴーレムに乗った『総主教』達に追われたのは記憶に新しい。泥と粘土で作られた巨体を自由自在に動かし、質量で殴ってくる攻撃は、強くなった康太達でさえペシャンコになる可能性を秘めている。
「──あんな泥人形。一瞬で土に還してやる」
そんな言葉と同時に、愛香は我先にと動き出す。部屋の壁を突き破った愛香は、部屋の反対側にいる『総主教』の方へと走り出した。その右腕には、これまで愛用してきた槍が持たれている。
「ったく、好き勝手に動きやがって!この『高慢姫』はよぉ!」
『無敗列伝』は、自由気ままに振舞う愛香に対して文句を言うが、そんなぼやきで愛香の動きを止められていたら、愛香と『総主教』は対立していない。
「実力行使ですか。ではこちらも、武力に頼らせていただきます」
『総主教』は、年齢を感じさせない麗しい声でそんなことを口にする。既に半世紀以上の時を生きている『総主教』は、それなりの年齢に達しているけれども、その年齢は容姿や声色・動きからは想像もできないだろう。
ゴーレムを動かし、部屋の中央で愛香とゴーレムが衝突する。
その巨体の腕が振るわれて愛香のことを押し潰そうとするけれど、愛香はそれに対抗する様に槍を回転させながら突きを披露する。
「〈縦横無尽〉!」
ゴーレムの拳と、愛香の〈縦横無尽〉が衝突し、空気が揺れる。
物凄い風圧が発生し、愛香の後を追う康太と『無敗列伝』の2人が顔を覆うようにしながら足を止めて、砂埃と風圧に耐え凌いだ。ゴーレムの上に載っている『総主教』の髪が風で暴れて、目を細める。
「──っと!」
その槍を引いた愛香は、一歩。
ゴーレムから距離を取り、次なる攻撃を画策する愛香。
「──2人共!少し時間を稼いでくれ!」
「時間を稼げって言われても──」
「わかった!任せろ!」
愛香の漠然とした指示に『無敗列伝』は困惑するが、すぐに康太は返事をする。
そして、勇猛果敢に泥の巨体に立ち向かい、剣を振るう。
「──〈双頭斬り〉!」
ゴーレムの間合いに入った康太の剣が、その泥の体に当たるけれども、ぶつかる音が響くだけでダメージが入っている様子はない。
「──蹴飛ばして」
「──うお!」
「危ない!」
咄嗟、右手で康太の首元を掴んで後方に投げる『無敗列伝』。そのまま彼は、残された自分のところへ迫ってくるゴーレムの足を蹴り、その反動で自分も攻撃範囲から抜け出す。
「──逃げられましたか」
『総主教』が、ゴーレムの影の中から抜け出して来た2人の姿を捉えて、少し歯痒そうにそんなことを口にする。そして、愛香の方へと視線を戻すと同時に、彼女は肺から息を漏らす。
彼女は、もう既に完成させていたのだ。ゴーレムを完全に破壊しかねない必殺の一撃を──。
「〈神をも殺す橘色の真槍〉」
神話の一節の再来。
驩兜を討伐するトドメの一撃に用いられたとされる技が、『総主教』の乗るゴーレムを襲う。
驩兜攻略戦では水中で放ったとされるが、水中にいることによるデバフを全て打ち消すほどの味方からの協力を受けて、龍種討伐に相応しい一撃となったとされる。
この世界の著名な槍使いを挙げるとすれば、彼女が生まれるよりも前にドラコル王国を生きたとされる黒髪の貴公子『黒太子』は欠かせないだろうが、彼と愛香が戦えば、愛香の方に軍配が挙がるのは間違いないだろう。
愛香は、その超高速の一撃をゴーレムの体内ある核の部分を思いっきり貫いて、そのゴーレムを使用不可能にする。
「わ、わあ!」
高さ7m以上あるゴーレムが崩れることにより、その上に乗っていた『総主教』も床の方へと落下する。
かなりの高さから落下なので、すぐにDランクの風魔法を使用してふんわりと着地した。
「──貴様、弱くなったな」
愛香は、踵を返して『総主教』にそう伝える。『総主教』に興味を無くしたと言わんばかりに、愛香は自らが開けた壁の穴の方へと歩いて行った。
「──は?」
愛香の言葉の真意がわからず、『総主教』は思わず聞き返してしまう。
自分は弱くなっていない。それどころか、姉である『水晶』アポロ・クラバス・ホーキンスから神の声が聴ける「神の夫」としての称号を簒奪したのだから強くなっているに決まっている。
それなのに、愛香は自らのことを「弱くなった」と称したのだ。
その発言の意図を理解できない『総主教』は、驚きが隠せないし内心苛立っている。
「前の貴様は、自分の足りないところを必死に埋めようと努力していた。しかし、今の貴様からそれを感じられん。驕ったな」
そう口にして、愛香は壁の穴からその部屋を出て行ってしまう。康太と『無敗列伝』も、呆気に取られてその場から動き出してはいない。
「──ワタシが驕った?そんな訳、無いじゃないですか」
『総主教』の声は悲痛に響く。内実共に『総主教』になった彼女の声は、虚空に響き、そして──
[ウェヌス。アナタの肉体を私に捧げなさい]
『総主教』の脳をその柔らかな声で優しく撫でるのは、彼女が何十年と渡って追い求め、愛香に「弱くなった」と言わせた主因となった、神であった。