満足した豚であるより不満足な人間である方がよい。満足した愚者であるより不満足なソクラテスである方がよい。では、満足しない豚と満足した愚者ならばどちらの方がよいだろうか。 その⑤
──人間は、その2mにすら満たないの体躯の中に、その体には見合わないような業を背負っている。
それは、ラテン語や英語では「七つの死に至る罪」──と言う意味を持つ言葉で、智恵や栄が生き、『RPG 〜剣と魔法と古龍の世界〜』が製作された日本では「七つの大罪」と一般的に呼ばれているものだ。
人間は、その体の中に「七つの大罪」を宿している──が、全ての人間が全ての「七つの大罪」を宿しているわけではない。
人の中には傲慢な人間も、それとは逆に謙虚な人間もいる。怠惰な人間以外に、勤勉な人間もいる。
謙虚な人間を指差し「お前は傲慢だ」などと言い張る方がよっぽど傲慢であり、人間とした行為であるのは誰の目から見ても明らかなので、人間は「七つの大罪」のどれかを持っている──もしくは何一つとして持っていない、並びに全てを持ち合わせている人物がいると言える。
「七つの大罪」を全く持っていない人と、全て持ち合わせている人は人間の中でも珍しいのだが、この第8ゲームに参加している人でそれらの条件に合う人材はそれぞれ一人ずつおり、前者が誠で、後者が智恵だ。
──そう、智恵は「七つの大罪」を全て持っているのである。
衝撃的な事実──ではない。そのことは、かなり前から明かされている。智恵は「七つの大罪」を全てその小さな体躯に宿し、そして尚且つ人よりもその宿す量が多すぎるがあまり、よく言えば覚醒、悪く言えば暴走をさせることがあった。
それだけではない。また、同じ大罪を持っている者同士──例えば、相手が「強欲」を持っているなら、智恵が持っている底なしの「強欲」に共鳴・共振するように相手の「強欲」も暴走状態に陥るのである。
──それが、現在の智恵とアレンの戦場で行われた変革だ。
アレンの宿す「強欲」が、智恵の持つ「強欲」に共鳴し、2人共それを暴走させることで『七つの大罪 第伍冠 強欲者』として、特別な呼称を手に入れることになったのである。
「──あぁ、感じる。チエを感じるよ」
「うるさい。私はアレンのものなんかにならない」
──2人の強欲が衝突する。
強欲に渇きを覚える2人の本当の意味での殺し合いは、やっと今開始する。
***
『アレン、大好き』
チエの声が、僕の脳内に直接届く。最愛の女の、その柔らかな声の響きが僕の脳を震わせ、僕の名前がより一層美しいものに変わる。
『アレン、私のことをお嫁さんにさせて』
チエは、僕の嫁になりたがっている。僕の頭の中には、チエが現れた。
この部屋の扉の前に立つチエとは別に、僕の頭の中には実体がないけど、チエと瓜二つの想像のチエ──ここでの呼び名としてはイマジナリーチエの姿がそこにはあった。
『ねぇ、私のこと無視しないでよぉ。寂しいよぉ』
僕の脳内に直接響き渡るチエの姿が、僕の網膜の裏に貼り付いてその虚像を映し出す。
僕の思い描くイマジナリーチエが、僕の視界の中に幻覚のように現れて、その今にも消え入りそうな薄い色素で僕に縋るように話しかける。実体はないから触れることはできないし、もし触れることができたとしても僕が、チエのことを「邪魔だ」と言うことはない。
『ねぇー、アレンー』
「ごめんごめん、無視なんかしてないよ。どうしたのかな?智恵」
『私のことをお嫁さんにして?』
「もちろんさ」
『あ、でも。それだと実体ありきの私は納得しないから、実体ありきの私を倒したらいいと思うな。そのために私も協力するからさ。ね?』
「──チエを倒すためにチエが協力してくれるのかい?」
『うん。だって私はアレンのお嫁さんになりたいもん。それとも、駄目かな?』
アレンの目に映るイマジナリーチエは、そう口にすると右手の人差し指でそのぷっくらとした柔らかい唇に触れる。そのあどけなさにアレンは喉を鳴らした後に──
「──わかった。僕と一緒にチエを倒そう」
『やったぁ!私のことなら私が一番わかってるから。任せて!』
突如としてアレンの脳裏に誕生したイマジナリーチエは健気に、アレンに協力する姿勢を見せたのであった。
──何度も言うように、イマジナリーチエはアレンの生み出したイマジナリーであり幻想。
だがしかし、これは「七つの大罪」の強欲の暴走によって生まれたアレンの欲望の形だ。
実物の智恵とは何も関係がない、アレンの思い描く智恵の姿なのである。
***
『智恵、大丈夫そうか?』
「──栄?」
それが私の頭の中に現れた虚像だと理解するのには、少しばかりの時間を有した。
『久しぶりだな──って言いたいけど、まだ感動の再会って訳じゃなさそうだな』
栄──いや、私の頭が生み出したイマジナリー栄は、私から視線を外して『閃光』の方を一瞥する。
『──智恵と同じオーラがアレンからも出てる』
「アレンのことを知ってるの?」
『あぁ、俺を殺そうとしたけど『古龍の王』に止められてた」
そういえば、『閃光』もそんなことを言ってたな──と、私はつい数分前の『閃光』の発言を思い出す。
私も『閃光』の方を見ると、その頭からは藍色のオーラがユラユラと揺らめいていた。
イマジナリー栄の発言から考えると、その同じ藍色のオーラが私からも出ていることになる。
「この色のオーラは、強欲……」
私は「七つの大罪」を暴走させずに上手く操れるようになるための修行を第3回生徒会メンバーである九条撫子先生と行っていたがその時に、強欲と傲慢のオーラは見せてもらっていた。
だから、これがすぐに強欲のオーラだと言うことがわかったのだ。
「──って、撫子先生は私が七つの大罪を暴走させたら私と栄を一週間隔離って言ってた!」
「七つの大罪」を暴走させてから初めて、九条撫子先生との約束を思い出す。ただでさえ栄と会えていないのに、更に追加で栄と隔離なんてされたら私は、七つの大罪を全て暴走させて世界を滅ぼしてしまうかもしれない。
『大丈夫でしょ。アレンはNPCだし、第8ゲームの広い会場の中に九条撫子はいない。俺と智恵だけの秘密だ』
そう口にして、イマジナリー栄は私の方に手をパーにして出してくる。私は、それにゆっくり触れてハイタッチをした。
『──と、そんなことはおいといて。問題はアレンだな。アレンをなんとかしないといけないけど……悲しいことに俺には実体がない。アシストするから智恵が戦ってくれるかな?』
「うん。私もアレンとは分かり合えないと思ってたし、戦おうと思ってた」
イマジナリー栄だからかもしれないが、栄と意見が合う。だけどまぁ、私と本物の栄は些細なことですらケンカをしたことがないから、イマジナリーとか関係なく相性バッチシなのかもしれない。
『とりあえず、本格的にアレンと戦う前に一つ伝えておきたいのは、俺が強欲の権能で智恵の頭にこうして現れたように、アレンの頭の中にも俺みたいな存在がいるはずだ。俺はアレンじゃないからその誰かはわからないけどな。でもまぁ、多分予想は付いてる』
「私も」
栄の言葉を聴いた私は、アレンの頭にイマジナリーな誰かがいるのか──と考えたら、必然的に一人に絞られた。それは──
『「頭の中にいるのは智恵」』
イマジナリー栄との声が重なり、顔を合わせてから少し笑う。
やっぱり私は栄が好きだ。
***
「準備は良いかな?チエ」
「『うん』」
本物の智恵の声と、イマジナリーチエの声が重なってアレンの頭の中には聴こえてくる。
『そろそろ来そうだな。向こうも戦う方針で定まったみたいだ』
智恵の邪魔にならないように一方後ろのところに立ったイマジナリー栄はそんなことを口にした。
──これから、『焦恋魔』村田智恵withイマジナリー栄と、『閃光』アレン・ノブレス・ヴィンセントwithイマジナリーチエの戦いが開幕する。
イマジナリーチエは本物より少しフワフワしてます。
智恵7、紬2、梨央1くらいのイメージ。
理由としては、それがアレンの思い描く智恵だからです。