満足した豚であるより不満足な人間である方がよい。満足した愚者であるより不満足なソクラテスである方がよい。では、満足しない豚と満足した愚者ならばどちらの方がよいだろうか。 その①
──智恵は、彷徨っていた。
城内都市パットゥを──ではなく、自分の人生の希望の具現化であり擬人化である池本栄という恋人を攫われたその日から、智恵の人生は路頭に迷って途方に暮れていた。
が、それでも前を向けて何か行動ができたのは、栄を助けられるかもしれないという希望の残滓と、支えとなってくれる仲間がいたからだ。
栄を助けるためには、ゲームの世界の果てまで旅して、ドラコル王国中を3週間ちょっとで周り、遂には栄がいるとされている城内都市パットゥの内部に侵入することに成功した智恵は、栄がいるかどうか一部屋ずつ確認して回っていると──
「──会いたかったよ!僕の可愛い可愛いチエ!」
智恵の右手側から、そんな声が飛んできてお呼びではない男性が自分の方へと迫ってくることを感じる。
ここは最終決戦の地。だから、そこにこの男がいるだなんて思ってもみなかった。
「──アレン!?どうしてここに!」
整えられた銀髪。宝石のような瞳。笑顔がこぼれている頬。
麒麟討伐戦の後に、決別した一人の男──『閃光』アレン・ノブレス・ヴィンセントの姿がそこにはった。智恵は、自分達と別れた後の消息は、美玲から「『閃光』とか言うヤバいやつが智恵のことを探してた」とだけ報告を聞き、舌を出して嫌な顔をしたのは覚えているのだが、それっきりだったからまさかここにいるとは思わなかった。
「どうしてここにって、ひどいな。今度こそ君を迎えに来たんだ!」
欲望に淀んだ瞳は、一心に智恵のことを見つめる。その瞳は、いつか自分に向けられた薄汚れた瞳と同じ形をしていた。智恵の背筋が凍り、体中に鳥肌が立つ。
「──どうして?前ので約束は守ったよね?私達が最後の一撃で麒麟に勝ったら私のことを諦めるって約束をしたよね?」
智恵は怒りを含んだ強い口調でアレンに対してそんな疑問を投げかける。
「あぁ、そうさ。それで一度はチエのことを諦めた。でも僕は、一生チエのことを諦める──だなんて言った覚えはないよ。だから一度諦めたことで、僕とチエとの約束は守られたことになる」
アレンが口にするのは、誰がどう聞いても暴論だと思うようなものだ。
一度諦めたから約束は守られた──だなんて言う理屈が通っていいわけがない。
智恵は、その無理のある言い分に顔を歪めて糾弾しようとするが──
「と、そんなことはどうでもいい。チエが言っていた男──サカエだっけ?に会ってきたよ」
「──本当に!?」
「あぁ、殺した──」
「──ッ!」
「──かったんだけど、『古龍の王』に止められちゃったよ。最近代替わりして、今は第4代になったけど、おっかないね」
智恵は、アレンの「殺した」という発言に驚いてその場に倒れそうになったけれど、すぐに言葉が続いたことで安堵する。
──まだ、栄は生きている。
それだけで、智恵の胸は軽くなる。
それは、第8ゲームのクリア条件が「池本栄を救出すること」で、それが達成できなくなったわけではないから──だなんてものではない。恋人である栄が、これまで行方不明だった栄がちゃんと生きていることが確定したからだ。
「よかった、よかった……」
智恵がそう口にしながら、そのままヘナへナと座り込む。その目の端には、キラリと小さな涙が浮かんでいた。
「んま、僕とチエが2人で幸せになるためには死んでもらうけどね。安心してよ、苦しんでまで殺そうとは思ってないから。チエの僕の次に大切な人なんでしょう?」
「──アレンよりも何倍も大切な人よ。だから、殺させない」
智恵はその場に座り込んだまま涙を拭い、そう口にする。強さと弱さと言う相反する2つを兼ね備えた智恵のその言葉にアレンは眉をひそめて、反論するように言葉を投げる。
「──はぁ、まだそんなこと言うのか、チエは。僕がわざわざこうやって迎えに来てあげたってのに、まだサカエのことをウダウダ言ってるの?」
「アレンに迎えに来てなんて頼んでないし、全く嬉しくない。私は栄を助けに来たの!アレンになんか用はないの!」
涙を拭った智恵は立ち上がった後にそう声を張り上げる。
「──そう。僕は悲しいよ。僕はこれだけチエのことを想っていたというのに。僕の気持ちは尊重してくれないんだ。いいよ、でもわかってる。チエがそうやって僕に意地悪しちゃうことも、サカエって男を大切にしていることも。だから、勝負をしようよ、僕と。大好きなチエのことをあまり傷付けたくないんだけど、ここまで分かり合えないんじゃ仕方ない」
「分かり合えないのは、アレンが私に意見を押し付けてるからでしょ!」
「じゃあわかった。意見を押し付けるのをやめるよ。その代わりチエは僕と結婚してよ」
「嫌」
「君だって僕の気持ちを尊重してくれないし意見を無視するし主張を否定するじゃんか。どっちもどっちだよ。いや、僕は押し付けることをしてないからチエの方が悪者だ」
「──話にならない」
『閃光』が一方的に話を押し付けてくるのは、最初からだったけれど会話をしてここまで不愉快になるとは思わなかったと言わんばかりに、智恵は会話を諦めて剣を抜く。愛剣のトリカブトだ。
「──しょうがない。アレンに乗ったわ」
「お、結婚?」
「違う。話しても埒が明かないから、勝負をしましょう。それなら納得してくれるんでしょう?」
「あぁ、いいよ。勝負で決める方が話すよりも手っ取り早いからね。ルールは──そうだな、僕はあまりチエのことを傷つけたくないから、先に一撃を与えた方が勝ちってことでいいかな?」
アレンが一方的にルールを押し付けてくるけど、否定しても面倒なことになる。
特に問題はなさそうだったので、智恵はそれを承認する。
「さ、決まったからには早速始めようじゃないか。僕が勝ったらサカエを殺して、チエを嫁にする。チエが勝ったら、サカエを今後一生殺そうとしないし、チエに迷惑をかける行動するのもやめるよ」
「そうして」
「じゃ、始めよう。僕とチエの、最初で最後の勝負を」
そう口にして、『閃光』は背中に背負った弓矢を取り出した。
そして、鋭い双眸で智恵のことを睨み、それと同時に矢が放たれる。
───栄の命と、智恵の婚姻を懸けた戦いが、幕を開ける。
未討伐
『古龍の王』鼬ヶ丘百鬼夜行
『神速』カエサル・カントール
『羅刹女』???
『魔帝』園田茉裕
先代『剣聖』軍団
『総主教』ウェヌス・クラバス・ホーキンス
『砂漠の亡霊』三苗
『天衣無縫』鳳凰
『閃光』アレン・ノブレス・ヴィンセント
『暴若武人』タビオス・グレゴランス
『鋼鉄の魔女』アイアン・メイデン
討伐済み
『龍冠』応龍
『狂気の主』共工
『失敗作』パーノルド・ステューシー
『高潔欲』エレーヌ・ダニエラ・レオミュール
まだまだたくさん。