共工強行共同戦線 その⑤
──稜と梨央の2人の作戦会議は、何度か共工の邪魔が入ったけれども、全て事前に対処できていたので怪我一つせずに終了した。
そして、その作戦会議によって作戦が決定した稜は──
「──よし、オッケー!」
そんなに粘り気があるわけではない蜘蛛の糸を雑に体に巻いて、そう口にする。
巻こうと思えばもっと丁寧に体に沿わすようにして蜘蛛の糸を巻けただろうし、回復魔法をかけて何とか復活させた左腕に先程まで持たれていた盾だって、梨央に持たせてしまっている。
勝つための作戦会議が終了するはずなのに、稜は盾を梨央に渡して自分は蜘蛛の糸を雑に巻く──だなんてふざけているのか、と言いたくなる気持ちもわかる。
だけど、稜の頭の中には梨央も自分も死なないための作戦がしっかりとあったのだ。
「──それじゃ、梨央。お願い」
「任せて!〈恵みの雨〉!」
そう口にすると、稜の頭上には小さくて可愛らしい雨雲が生まれ、稜を濡らす。
すると、稜の体に雑に巻かれていた蜘蛛の糸が収縮し始めて、稜の体に吸着するようにピッタリと張り付いた。
それにより、稜は顔以外のほぼ全てを蜘蛛の糸で巻かれたことになる。ピンと張っているわけではなくただ収縮しただけなので、その蜘蛛の糸が鋭くなったような感じはない。
──蜘蛛の糸が水に触れると濡れる。
それは、学術的にも広く一般に知られており、専門家たちはこの収縮のことを「超収縮」と呼んでいる。
その原因としてはタンパク質のアミノ酸の並び方に理由がある──などとされているが、ここで縮む原理はそこまで重要ではないので、解説は省かせていただこう。
ここは、ゲームの世界と同じように、蜘蛛の糸は火に強いし水に濡れたら縮んでしまうのだ。
その特徴を、先程の作戦会議で確かめた稜は自らの体に蜘蛛の糸が上手く沿うように雑に巻きつけていたのだ。
これにより、稜の体は共工の吐き出した蜘蛛の糸で守られた鉄壁にまさる防御力を得たことになる。
「それじゃ、下から援護は任せたよ」
「うん、任された」
2人はそんなことを口にして笑った後に、稜は近くにあるピンと張られた蜘蛛の糸を、蜘蛛の糸を纏った手で掴む。
本来であれば、その瞬間に指が切り落とされて張っていた半透明の糸が赤色に染まるだろう。
だけど、今はその体に蜘蛛の糸が付けられてガードされている。そのため、張られた糸に触れることができるし、その上に立つことだってできるのだ。
稜は、それを生かしてまるでアスレチックの遊具のようにその蜘蛛の巣を攻略し、上へ上へと登っていく。
──が、そう簡単に事が運ぶのは漫画の中だけだ。
これはゲームの世界であるものの生きているのは現実。悪意でプログラミングされた創作物である共工は、蜘蛛の巣を登ると言う前代未聞のことを成し遂げた稜に牙を剥く。
「──稜!共工が来てる!」
「わかった!」
稜はそう口にすると、入り組んだ蜘蛛の巣の中の一本の糸に左半身だけでぶらさがりながら、右手右足で共工に迎え撃つ判断をする。
今いるのは、ピンと張り巡らされた蜘蛛の巣の中心だ。稜の体に蜘蛛の糸が巻かれていない場所があったならば、そこが蜘蛛の糸に少しでも触れれば一刀両断されるだろう。そして、稜の体に蜘蛛の糸が巻きつられていない部分が存在する。それは、顔だった。
首まではしっかりと巻かれているが、顔は視界を保つためだったり息をするためにも巻かれていない。
だから、顔にほんの少しでも張り巡らされた糸が当たれば、稜の顔面はそこから切れ込みが入り、綺麗に裂かれて、眼球や脳みそをぶちまけることになるのだ。
──が、そんなことは最初からわかっている。わかったうえで、作戦を立てている。
「梨央!」
「わかった!〈開闢する大海神の怒り〉!」
刹那、蜘蛛の巣まみれのこの戦場を埋め尽くす巨大な水。
稜も梨央も共工も、全てを飲み込むその質量は、そこにいる3匹の生物から呼吸を奪い去る。
「──ッ」
ゴポリと、大きく共工の口の名から息が漏れると同時に、その場で藻掻くように忙しなく足を動かす。
そんなことを無視して、稜は水で埋め尽くされた部屋の下へ下へと、収縮する蜘蛛の糸の間を縫って梨央の方へと移動していく。梨央は両腕で口と鼻を抑えながら水の中を漂っていた。
──蜘蛛の糸は、蜘蛛が動物を捕えるために張り巡らせているものである。
それだというのに、共工の吐き出す糸は粘着力がないどころか、触れた生物が一刀両断するほどの強靭なものだ。その糸で何人もの冒険者を殺して来たのだろうと考えるけれど、その神話も今日で終わりだ。
だって、共工は自分が張り巡らせた蜘蛛の糸が収縮することによって身動きが取れなくなってしまっているのだ。
Sランク魔法である〈開闢する大海神の怒り〉は強力で、だだっ広いこの空間を水で覆いつくすことが可能だ。天井までパンパンに水が溜まっているわけではないけれども、自分の糸で動けない共工はその空気を吸いに行けない。
共工は藻掻き、糸を吐こうと試みるけれども、噴出した瞬間に糸が収縮するため、糸はどこにも飛ばずに水の中を泳ぐだけだった。
──窒息。
──窒息。窒息。
藻掻く。窒息。藻掻く。窒息。藻掻く。窒息。藻搔く。窒息。藻掻く。窒息。藻掻く。窒息。藻掻く。窒息。藻搔く。窒息。藻掻く。窒息。藻掻く。窒息。藻掻く。窒息。藻搔く。窒息。藻搔く窒息藻搔く窒息藻搔く窒息藻搔く窒息藻搔く窒息藻搔く窒息藻搔く窒息藻搔く窒息藻掻窒息藻搔窒息藻搔窒息藻搔窒息藻搔窒息窒息窒息窒息窒息窒窒窒──。