共工強行共同戦線 その③
「──ひ」
稜と梨央の目の前に生み落とされたのは、合計12匹の蜘蛛。
体長1mくらいの蜘蛛を生み出した共工は、この部屋のあちこちに張り巡らされている蜘蛛の巣の上に立ち、稜と梨央の2人を見定めるようにその単眼と複眼で眺めながらその口を忙しなく動かしている。
「共工には攻撃が届かないから、この子蜘蛛を相手にした方がいいな」
それに、共工は現状動く気配を見せていないけれども、目の前の12匹の子蜘蛛は今にも飛びかかってきそうだった。ならば、さきにそっちを討伐するのがいいだろう。
「梨央。目の前の蜘蛛を」
「わかった!〈大宙紅炎〉!」
その言葉と同時、梨央が放つのは空中にいる共工に向けて放ったのと同じAランクの炎魔法。
Sランク魔法にその強化版があるが、Sランク魔法はレベル50にならないと使用できない──ゲームの使用上、レベル50になった時にSランク魔法の中からランダムに1つ習得することになるのだが、現在レベル48の梨央はまだ習得できていない。
その渦巻きながら子蜘蛛の方へ直進する紅蓮の炎は、轟轟と低く燃え滾る音を響かせながら子蜘蛛の方へと進んでいく。子蜘蛛は、文字通り蜘蛛の子散らすように逃げていくけれども逃げ遅れた6匹はその炎の餌食となり、一気に数を半分まで減らす。
「やった!」
梨央は、先ほど外した攻撃が今回はヒットしたことに、MP減少を体で感じながら喜ぶ。
「梨央はポーションを飲んで。2回連続でAランク魔法を放ったし大変でしょ」
初期の頃は、Aランクを1発放っただけでMPを全て消費してしまい失神──ということが勇者一行の魔法使いの中では日常茶飯事だったけれど、今ではそのAランク魔法を2発どころか3発放っても失神することはない。これがレベル48の梨央の進歩と言えるだろう。
「──後の6匹は俺に任せて」
そう口にした稜は、梨央を庇うように立ち迫ってくる子蜘蛛に対して盾を向けて剣を振るう。
6匹の子蜘蛛の体当たりを、2つは盾で防御して、1つは屈んでやり過ごし、1つは剣を振るって跳ね返し、1つは蹴飛ばして吹き飛ばし、1つは剣を突き刺し討伐する。
「──これで1匹!」
12匹から6匹に、6匹から5匹に数を減らした子蜘蛛だが、そんなこと関係ないと言わんばかりに──いや、梨央と稜を殺すこと以外に全く興味を示さないため、他の子蜘蛛の死など関係ない子蜘蛛の特攻は止まらない。
能力を持っていないのか、子蜘蛛は能のない体当たりで稜を攻め立てる。
左からやってくる3匹の体当たりを上手に盾で弾き、右から迫る2匹を剣で対処する。子蜘蛛を斬ればそこから体液が漏れ出て潰れるように死んでいく。残るは2匹。
「──回復完了!〈風刃〉!」
MP回復用ポーションを飲んで、MPが全回復した梨央はBランク魔法の〈風刃〉を使用する。
そして、稜に集中していた2匹の体を一刀両断する梨央の風魔法。子蜘蛛は、何かを発するわけでもなくそのまま霧消していくと同時に、2人に経験値が入っていることを実感させる。
「梨央、ありがとう。これで──ッ!」
そう口にして梨央の方を振り向く稜であったが、魔法杖を握って少し誇らしげにしている梨央の背景に見えたのは、禍々しい怪物だった。
「──梨央!」
梨央の背後にいつの間にか迫っていた化物──共工の存在に気が付いた稜は、咄嗟に梨央の方に手を伸ばすが──。
「──かは」
梨央の背中は、共工の持つ8本の腕の1つに裂かれる。
稜の方へ手を伸ばしていた梨央は、そのまま背中を切り裂かれて前方に倒れる。背中から赤黒い液体が飛び散り、稜の頭の中に浮かぶのは第3ゲーム『パートナーガター』での最終決戦。
あの時は、梨央の体に無数のナイフが突き刺さり、そのまま意識を投げ出してしまった。その時は奇跡的に一命を取り留めたが、その体に残った無数の傷跡は梨央の悩みになっているのは稜にも容易に想像に付く。それなのに、梨央の体に更に大きな傷跡を増やしてしまうことに稜は自責の念に迫られる。
「野郎ッ!梨央を!」
前方に倒れる梨央を、大きく左手を広げて、盾で隠れていない左肩近くで受け止めると同時に、稜はその右手で梨央の体を傷つけた共工に反旗を翻す。
「───〈絶断〉!」
先程、子蜘蛛を討伐したことによりレベルが49から50に上がった稜は、怒りに身を任せてレベル50以上の剣士しか使うことのできない技である〈絶断〉を披露する。
真一文字に振るわれたその剣は、梨央の小さな背中を引き裂いた腕を切り裂く。ピクピクと動きながら稜の立つ地面に落下したそれには、その傷口からこぼれ出る毒々しい色をした共工の体液がかけられて溶けていく。
「倒した時のモーションじゃない。これは……」
霧消ではなく融解と表現すべきそのエフェクトを目の前に、稜は共工がただの巨大蜘蛛ではなく毒蜘蛛であることを理解する。共工の体液をかけられたら、稜達は毒に冒されてしまうだろう。となると、剣で無闇に攻撃し続けても毒の被害を増やすだけになりそうだ。
毒蜘蛛ということが判明したとなると、稜の心配は梨央の方へと向く。
稜は、共工に距離を取り梨央にHP回復用ポーションを飲ませてその背中の傷を癒しながら、目の前の共工の倒し方を思案するのだった。
今更、〈絶断〉よりも〈断絶〉の方がカッコいいんじゃないか?と思うように。
でも、〈断絶〉だと「斬月!」と完全韻だからな...