共工強行共同戦線 その②
迷彩柄のような鈍い緑や主張の激しくない茶色が混ざり合ったような禍々しい色をした背中は、隠密するためのものだろうか。
六畳くらいのサイズがあるその巨体は隠そうと思っても隠せないだろうし、龍種である共工はこの世界での最強に名を連ねているため身を隠す必要などない。
そんな巨体の横に付けられているのがドーム状の真っ黒い顔だった。
蜘蛛らしく、妖艶に赤黒く光っているその目が複数個確認できる。そして、ドーム状の顔から少しはみ出ている蜘蛛の口は忙しなく動いており、それが共工が無視であることを理解させる。
そんな、現実のサイズでは凝視しなければ見えないような蜘蛛の頭以外にも、その巨体には8本の細い──細いと言っても、一本一本が人間くらいの太さがあると推察できるような、足が生えていた。
そして、お尻の部分にはシャンデリアの光を反射させてキラリと光る糸の噴出口らしき場所が確認できた。
「龍種……」
2人の前にいるのは巨大蜘蛛──確かに、ドラコル王国で「最強」と認められた8体の怪物のうちの1体である。唯一神によって生み出されたその絶対的な存在は、天井に逆さまになって引っ付いて、しげしげと稜と梨央という2つの餌をどう食べるか考えていそうだ。
「あんな高い所にいちゃ斬りたくてもきれないな……」
稜は、武器商店で購入した自分の剣と、王城で配布してもらった盾をそれぞれ右手と左手に持ちながらそんなことを口にする。稜は、共工の討伐を移動手段を無くしてから袋叩き──という作戦で実行しようとしていた。実際、稜と梨央の2人しかいない状況で勝つにはそうするのが一番の得策だろう。
細くて知覚しにくい蜘蛛の糸が張り巡らされて動きが制限されているこの空間で、縦横無尽に戦場を駆け巡るのは難しいし、作戦としては間違っていない。が、天井に引っ付いている共工を攻撃することは同じく蜘蛛の巣が理由で不可能だった。
それに、空中戦をしたことがない稜が皇斗の見様見真似で空中戦を行っても、共工にコテンパンにされてしまうのがオチだ。
皇斗が龍種最強の応龍を討伐できたのは、皇斗が龍種最強よりも強い──というだけのことだ。
だけど、皇斗のような圧倒的な最強さを持たぬ稜には、応龍どころかそれよりも弱い共工の討伐だって難しい。
「──ワタシの魔法なら届くかも」
稜の言葉に反応し、ギュッと稜の手と魔法杖を握る梨央。上空にいる共工を視界に収めながら、稜と言葉を交わす。その瞳に映った巨大蜘蛛へ魔法杖を向けて、そのまま魔法を使用した。
「──〈大宙紅炎〉!」
梨央のその言葉と同時、1本の巨大な炎柱が周囲の蜘蛛の巣を巻き込みながら共工の方へと迫る。
魔法を発動した梨央の隣に立つ稜は、その熱さをすぐ近くに感じた。肌で感じる温度だけで産毛が燃えてしまいそうだけど、熱いのは梨央も一緒だから稜はそこから動かずにその炎の行く末を見守る。
梨央の放った〈大宙紅炎〉はAランクであり、この技の強化版としてSランクの〈炎天の暴竜〉が存在していたけれど、現在の梨央には扱いきれる代物ではない。
レーザービームのように放たれる炎の線は、共工の背中にその炎が激突し──
──ない。
「共工が落ちてくる!」
炎を回避するために天井を手放した──いや、蜘蛛の姿をしているから足放した共工は、高い天井から落下して稜と梨央の2人の目の前に落ちて──
──こない。
「──浮いてる?」
「いや、違う。蜘蛛の糸に立ったんだ!」
梨央は空中に共工が浮いているかと考えたけれども、稜はすぐにその理由を解明する。
炎を纏う蜘蛛の糸の上に立っている共工は、熱さなど気にすることもなく忙しなく口元を動かしながら炎を放った梨央達の方を見ている。2人は背中を震わせて、共工が攻撃してくるタイミングを待っていた。
「最初の一撃は失敗。完全に敵に思われちゃったね」
「うぅ、ごめんなさい……」
「いや、梨央は悪くないよ。敵は龍種、こうして鉢合わせて瞬殺されてないだけでも誇っていいと思うな」
そう口にして、稜は梨央の頭を優しく撫でる。梨央は少し頬を染めて嬉しそうに俯いたその時、共工が動き出した。
──共工は、龍種で一番厄介だと言われている。
それは、蜘蛛の糸を使用して空中を自在に動いたり、冒険者の動きを制限してそこを捕食してくることだったり、その蜘蛛の糸の対処方法が剣や槍などの先の鋭い刃物を振り回すか、水魔法を使用して糸を縮めるか──という2つだけしかないことだったり、厄介な外骨格が肉体への攻撃を阻んでいることだったりと、共工が厄介な理由を挙げだしたらキリがないけれども、共工と戦い朽ち果てて言ったものに「何が一番厄介だったか?」と質問したら揃いも揃ってこう答えるだろう。「──共工が生み出す子蜘蛛が一番厄介だ」と。
ボトリ。ボトリ。ボトボトリ。
そんな音を立てて、稜と梨央の2人が立つ地面に落下してくるのは小さな蜘蛛。
──いや、共工を前にして感覚が麻痺しているから小さく思えるのであって、目の前の蜘蛛も体長が1mはありそうだ。
そんな蜘蛛が目の前に2,4,6,8,10……。
「全部で12匹か……」
生み落とされた12匹の蜘蛛を前に、稜と梨央は追い詰められる。
──ここは共工のテリトリーで、稜と梨央はそこに迷い込んだ格好の餌であることに何一つ間違いはなかった。