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貴族令嬢は我が道を征く その②

昨日1日をこの話を書くことに費やしました。

書いていて、2人の一挙手一投足が苦しかったです。

 

 美玲を襲うズシンとした重みは、その華奢な体躯を貫く。

 その大きな目はいつも以上に見開かれ、重みが痛みに明確に変化したその時に、美玲の口から理不尽な現実に対する慟哭が漏れ出す。


「──は」


 油断大敵。

 彼女を襲う痛みの理由を、その4文字で終えるにはあまりにも残酷である。

 美玲に向けられた凶刃の首謀者であるエレーヌは、美玲の説得に心を動かされてそれに応じようとしていた。

 2人は心を分かち合ったのにもかかわらず、エレーヌは美玲にその剣を突き刺す。


 美玲は、皮膚を裂き肉を割って体の奥深くに侵入して、そのまま自分の肉体を通過したその冷たい金属を全身で感じ、その冷たく光る先端が赤黒く淀んだ液体で濡れていることに気が付くと、その理解不能な現状に驚きが隠せず疑問が弾け出る。


「──は」


 弾け出た疑問は血と混ざって口から流れ、美玲の口の端を紅く染めながら空を泳いで薄まっていく。


「──ミレイ、すまない」

 エレーヌの冷たい声が美玲の鼓膜を微かに揺らし、腹を穿つ冷たさがゆっくりと引き抜かれる。

 その喪失感に耐えかねて、美玲は口からコポリと血を吐きながら膝から崩れ落ちる。


 腹の内側が熱い。

 体が──寿命が燃えて美玲の体は内側から熱くなっていく。自分の足が垂れた血で真っ赤に染まっていく不快感を覚えながら、美玲は後ろを振り向こうと腹を襲う激痛に耐えながら後ろを見る。


 美玲は、己を刺した加害者を見るために腹を襲う痛みに耐えながら、大きく目を見開き体を小刻みに震わせる。その美玲の湿った瞳に映ったのは──


「──エレーヌ。どうして、アナタの方が泣きそうな顔をしているのよ!」


 激痛に耐えながら、美玲は言葉を振り絞る。

 美玲の目に映ったのは、赤黒く汚れた剣をダラリと垂れ下げながら今にも泣きそうな辛そうな表情で肩で息をしているエレーヌの姿であった。

 刺された自分よりも辛そうにしているエレーヌに納得ができず、彼女は腹から絶えずその場で悶えたくなるような激痛が生まれる中で、震える左膝を立てて右足を引きずりながらも立ち上がる。


 エレーヌの着ている鎧の首の部分に右手で掴み、掌全体でその冷たさを感じながら美玲はキッと鋭く美玲を睨む。


「──すまない。ミレイ、本当にすまない」

 声を震わせて謝罪しかしないエレーヌの心中を、彼女の出自を知らない美玲は理解してあげることができない。


「裏切り者め!やっぱりアナタはワタシの敵よ!」

 腹が痛む中で声を振り絞った美玲は、エレーヌの心に言葉のナイフを突き刺した。



 ──エレーヌの裏切り行為が行われた理由としては大きく分けて2つある。

 1つはエレーヌの意識の中で、1つはエレーヌの無意識下で、その運命の歯車を狂わせて美玲を刺すという行動に移させた。


 1つ目は、美玲の知らないエレーヌの出自に関連する。

 エレーヌは、レオミュール侯爵家に生まれながらも己の犯した失態──肛門日光浴という奇行や麻薬密輸の暴露により、婚約破棄されて家を追放されていた。彼女が自分から行っていた変態趣味と悪行ではあるものの、それらはエレーヌの心をズタズタに引き裂いた。

 また、それによりエレーヌは世間から「変態」と中傷されて社会からほとんど孤立した状態に陥っていたのだ。それこそ、『親の七陰り(ワーストヒストリー)』に属することができなければ、エレーヌは1人貧民街で野垂れ死んでいただろう。


 そんなエレーヌにとって、人生とは裏切りや屈辱・妥協の連続であり、理想や希望と現実の前で脆く崩れ去っていく幻想に過ぎなかった。

 であるからこそエレーヌは、美玲の口にする理想主義な希望論に胸を打たれたと同時に、それが「不可能である」と心のどこかで感じてしまったのだ。エレーヌは、これまで自らが歩んできた人生と、美玲の口にする理想論のギャップに首を絞められてしまったのだ。


 エレーヌだって、『古龍の王』や『神速』を見限り裏切り、勇者一行に寝返ろう──と考えたことだってある。だが、リーダーである『閃光』は『神速』に命でも返せないような恩義があるからそれに乗ってはくれないだろうし、もし仮に説得が成功しても勇者一行以上に『古龍の王』達から狙われることはわかりきっていた。

 だからエレーヌは、付き合いの短い美玲の言葉を信じ切れていなかったのだ。彼女は、美玲の口にする「希望」を信じ切れていなかったのだ。


 だからエレーヌは、希望を──その具現化である美玲を刺すに至った。

 これが1つ目の理由だ。


 2つ目は、彼女の胸に宿された自己犠牲精神が問題だ。

 彼女は、『親の七陰り(ワーストヒストリー)』のムードメーカーである。


 彼女こそが『親の七陰り(ワーストヒストリー)』の内部で不和が起きない要であり、彼女のその仲間を想う気持ちとそれ故の自己犠牲精神がなければ、今とはメンバーの数が違っていただろう。

 彼女の自己犠牲精神のおかげで、今まで『親の七陰り(ワーストヒストリー)』は『親の七陰り(ワーストヒストリー)』としてやっていけたのである。


 そんな彼女の自己犠牲精神は、もう既に仲間の為なら自分を棒に振るってもいい、どれだけ悪人と化してもいいと考えるところまで切迫していた。なにせ彼女にはもう帰る家はない。『親の七陰り(ワーストヒストリー)』こそが居場所なのだ。

親の七陰り(ワーストヒストリー)』を守るためには、エレーヌはどんな汚名を被ったって構わない。どんな大罪人・大悪党になろうが構わない──そう覚悟したところに降り注いできた美玲と言う希望の光に、エレーヌの自己犠牲精神は耐え切れなかった。


 だからこそ、1つ目の理由と相俟って理性と衝動が重なり合い、美玲を刺したのだ。


 ──美玲を刺すという行為は、美玲という希望の否定であった。

 自分を最低最悪の悪人に染める自己犠牲精神の暴走であった。


 もう後戻りはできない。

 美玲と分かり合うことはもうないし、勇者一行と友情を再構築することもできない。


 エレーヌは──正確には、エレーヌの自己犠牲精神と自己防衛精本能は、『親の七陰り(ワーストヒストリー)』以外の全てを切り捨てるという判決を下した。エレーヌは、茨だらけの我が道を征く選択をした。


 哀しいかな。

 エレーヌの心にまだ少しでも希望が残っていれば起きなかった争いが、絶望一色の彼女の心が理由で巻き起こる。



 ──エレーヌと美玲はもう分かり合うことはない。

 お互いの誰かの幸せを想う心が衝突し、『負けん気』竹原美玲と『高潔欲』エレーヌ・ダニエラ・レオミュールの戦いは、悲しい音で鳴くのだった──。

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雨城蝶尾様が作ってくださいました。
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