貴族令嬢は我が道を征く その①
「──ここは……」
園田茉裕の〈離散〉により、他の勇者一行と散り散りになってしまったその負けず嫌いの少女は咄嗟に周囲を見渡す。
誰の手も取れなかった彼女の周囲には誰もいな──否、いる。
「──ッ!」
その身一つで戦場に飛び込んだ彼女の視界に映ったのは1人の存在。
そこにいたのは『神速』の家にて、美鈴との間に確執を作った燃え滾る炎のような紅蓮の髪を持つ1人の変態。
「久しぶりだな。タケハラミレイ」
その変態は、1人座っていた。変態のその変態趣味を微塵も感じさせないその低い声が、ナイフのように美玲の喉元に突き立てられる。
「こっちこそ久しぶりね。エレーヌ」
美玲も、その変態の名前を呼ぶ。
美玲が転移した先にいたのは1人の変態──エレーヌ・ダニエラ・レオミュール。
生まれは侯爵ではあるが、モーニングルーティーンである肛門日光浴が理由で婚約破棄された彼女は、内緒でしていた麻薬の密輸までも暴かれて家を追放された後に、同じく元貴族ではあるが家が没落したため『神速』に引き取られていたアレンの元へ駆け込み、そのままベッドインしてワンナイトにて既成事実を作った後になんとか『親の七陰り』に入れてもらうことに成功した変態──『高潔欲』エレーヌ・ダニエラ・レオミュール。
そんな変態である彼女が、その変態趣味を抑えてただ強者としてあるべき姿で、その部屋に置かれていた椅子に座っている。
「──どうしてアナタがここにいるの」
「察しが悪いな、ミレイ。私がここにいる理由など1つに決まっているだろう」
彼女はそう口にすると、腰にある鞘から剣をゆっくりと引き抜き、大きく剣を振るって空を切る。
光を反射させるその刀身は、美玲のその訝しむような鋭い目を映していた。
「元より王国戦争は、『古龍の王』と『神速』、そして未だに姿を見せないどころか正体不明の『羅刹女』の3人で計画されたものだ。師である『神速』が参加しているなら、弟子である『閃光』と、その仲間である私達『親の七陰り』が参加するのは至極当然だとは思わないか?」
「──仕組まれた戦争だったのね」
「当たり前だ。私達が勇者一行を殺した後は、この国を手に入れる。王侯貴族も士農工商も関係ない。その後は世界だ。ニーブル帝国を滅ぼし、ペラーシュ共和国を壊滅させ、パドゥ地下公国を粉砕し、ウチョウ連邦を崩壊する。他の世界も、私達の手中に収める」
エレーヌは低い声で、その野望を口にする。
「──エレーヌ。アナタ、変わったわね。『神速』の家では、仲間の前ではそんな野望は見せていなかった」
「一般庶民のミレイに教えてやる。野望は包み隠す。それが、ノブレス・オブリージュというものだ」
その言葉と同時、彼女は動き出す。右手に持たれるその剣を構えて美玲の方へと接近する。
「──〈絶断〉!」
彼女はその言葉と同時に、その剣を大きく横に振るって美玲の体を斬ることを試みるけれども、美玲が高く飛んで回避に成功したため失敗に終わる。
「──ッチ」
彼女は小さく舌打ちをして、回避した美玲のことを目で追う。美玲は、そのまま回避に専念して先程までエレーヌが座っていたところまで逃げた。
「──ノブレス・オブリージュって言ってたけど嘘つかないでよ。アナタ──エレーヌはそんな道化ではないことくらい知ってる。エレーヌは本当にアレン達のことが好きなんでしょう?」
「──」
美玲背を向けたまま、沈黙を貫くエレーヌ。
──変態であり『親の七陰り』の中でもボケ担当に見えた彼女であったけれど、こうして美玲の前に立つその姿はいつもとは全くの別物だ。
美玲にはどうして彼女が真面目を──猛者を演じているのかは理解できなかったが、エレーヌがふざけながらも心からアレンを──いや、仲間たちを愛していることは伝わっていた。
「エレーヌ、嘘は付かなくていい。ここにはワタシしかいないから」
美玲は、エレーヌの本心が唯知りたかった。どうして、悪人を演じるのか。どうして、冷酷な猛者を騙るのか──。
「──言っての通り正解だ。私はアレン達が好きだ。どうしようもなく好きだ。だからこそ、勝っても負けても忌み嫌われるのは嫌なんだ」
エレーヌが、小さく喉を震わせる。彼女の本心が、泣きそうな声で美玲の耳に吸い込まれていく。
『親の七陰り』は、王国戦争で勝って世界征服をしても負けて首を曝しても、反逆者として石を投げられるのは違いない。彼女は、仲間がそんな目に合うのが嫌だったのだ。
だからこそ彼女は、自分の立場を利用して他の皆は悪くないのだと、ヘイトを自分に向けようとしている。
「私はレオミュール家から追放された。だからこそ、権力に目が眩んで王国戦争に参加した──という筋書きが、皆を世間から投げられる石から守る唯一と言っていい口実だ」
「──アナタの言う皆に、エレーヌ。アナタ自身は含まれてるの?」
「──は?」
「アナタの守りたい『親の七陰り』に、アナタは含まれてるのかって聞いてるのよ」
「それは……」
エレーヌは、美玲の問いかけに口ごもる。エレーヌは、自分を犠牲にしてでも『親の七陰り』の皆の体裁を守ろうとしていたのだ。
「アナタと同じで、アナタ以外の皆もアナタのことを大切に思っているわよ」
「そんなのわからない──」
「──いいえ、わかる。だって、ワタシにはアナタ達が本当に助け合っているように生きてきた信頼の証が見えたもの」
美玲のその言葉が、エレーヌの心に響く。
『親の七陰り』は、そのチーム名にからも考えられる通り過酷な出自を辿って来た人物が多い。お互い、辛い過去を背負いながらも助け合ってきたのだ。
「──ミレイ」
「何?エレーヌ」
「私は、助けられるだろうか?アレンを、タビオスを、パーノルドを、メイを、テヘランを、ルリアナを!そして、私自身を!」
「えぇ、アナタならきっとできるわ。仲間を想っているのでしょう?」
「ああ」
エレーヌは美玲の方へと振り向き、そして──
「感謝する、ミレイ。そして、協力してくれ。皆を助けたいんだ」
「それなら簡単よ。『親の七陰り』の皆が『神速』や『古龍の王』を裏切って、私達の味方になればいい」
「それができるのなら、今すぐにでもそれを実行しよう。そのためには、早く皆を説得して回らなければ」
そう口にして、美玲が先導し、それに付いて行くようにエレーヌは動き出す。勇者一行と『親の七陰り』の争いを止めるために──。
「──は」
美玲の背中からお腹を貫くように、エレーヌの剣が突き刺さっていた。
エレーヌの過去はこちらに。
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