凶刃の襲来
勇者一行による龍種の討伐。
本来であれば、どれか一つでも神話に残る偉業であり過去数千年の歴史を持つドラコル神話の中でも空前であり絶後である出来事が、編纂が間に合わぬうちに次から次へと進んでいる。
勇者一行と『親の七陰り』による麒麟の討伐に続き、勇者一行と『無敗列伝』による驩兜の殺害、そして勇者一行だけでの霊亀の撃滅と、勇者一行と『剣聖』のタッグによる鯀の征伐で、王国戦争で行われた勇者単独での応龍撲滅という覇業。
ドラコル王国やその他隣国に多大な被害を出していた龍種をポッと出の勇者がこうして次々に成敗していくのは、復讐に滾る冒険者一行を怒りを成仏させると同時に、、瞬く間に世間に広まったその痛快な謳い文句は老若男女に謡われた。
──と、こうして勝ち星だけを手に入れ続けているように見える勇者一行であったけれど、そんな勇者一行が倒せなかった相手がいる。
それは、無限に続くように思われる砂海に生きる凶刃。
人の姿をしているが人ではない、二つ名は『砂漠の亡霊』──。
その当時は『高慢姫』が防戦を強いられ、仲間の魔導士による氷魔法で氷漬けにしてその間に逃げる──という方法でなんとか窮地を逃げきったが、その氷は照り付ける太陽に融かされ、その怪物は行動を再会する。
勇者一行と、これ以上の邂逅はないとされていた堅実な怪物が、龍種の1体である『砂漠の亡霊』三苗が、再度勇者一行の前にその凶刃を向ける──。
「──ひ」
蓮也は、自分の口を押えて漏れ出る悲鳴を体の中へ戻す。すぐに体を物陰に隠して、その部屋で仁王立ちをしている鎧を纏った怪物の姿をその双眸で捉えた。足腰が震えて動かなくなり、背中に嫌な汗が伝う。
──蓮也の背中を押してくれる人はいない。
龍種というドラコル王国最強種にバレていない状況下、彼はわざわざ危険を冒してまで敵の目の前に出る理由はない──などというのは虚栄を張った強がりである。蓮也がこうして物陰に隠れている理由は単純明快。三苗のことが怖いのだ。
殺されてしまうだろう、怪我をしてしまうだろう。
前回は、愛香からの大抜擢を受けて無理矢理魔法を放つよう言われたけれど、今回は1人だ。
誰も蓮也の背中を押さないし、誰も声援を送らない。
──このまま、誰かがここに来るまで待とう。あわよくば、三苗とその人が戦っている間に自分はこっそり逃げてしまおう。そんなことを考えながら、蓮也が震えながら物陰で小さくなっていると──
「──質実剛剣」
三苗の声が響くと同時、蓮也を隠す影が無くなる。
「──は」
驚きのあまり体が硬直して、蓮也は鎧の中の三苗と視線が合ったような感覚を覚える。
──あ、死んだ。
三苗に気付かれた。何が原因だ?息が漏れていたか?声に何か出ていたか?それとも気付かないうちに物音を立ててしまったか?
恐怖の中で、チビってしまいそうなのを必死に我慢しながら顔を青く染め上げながら蓮也は思考を回す。
どうすればこの窮地から抜け出せる?どうすれば三苗から逃げられる?どうすればどうすればどうすれば
どうすれば──
「──荒刀無稽」
「〈紅焔神の涙〉ォォ!」
蓮也は自分に向けて攻撃を放たれるのを感じて、咄嗟に魔獣の森でのレベルアップで覚えたばかりの〈紅焔神の涙〉を放つ。すると、炎柱が三苗を飲み込みながら燃えるけれど──
「──主客転刀」
三苗を包み焦がすはずだった炎が斬られて、その中から三苗が目にも止まらぬ速さで飛び出てくる。
「ひぃぃぃぃ!」
蓮也の目には、それが灼熱地獄へと誘う鬼のように見えただろう。重い甲冑を全身に纏いながら、蓮也よりも速いスピードで動いているのは、どんな剣豪よりも強く感じられる。
「『剣聖』さえいればよかったのに!」
蓮也はそう口にして、唯一の武器である魔法杖を強く握る。目の前に迫ってくる武者に勝てそうな人物は、蓮也が知る中では『剣聖』か皇斗くらいだろう。『無敗列伝』は──陽気なおじさんってイメージばかりで強い所が目立たない。
「〈暴雷の雄叫び〉!」
蓮也は、三苗に向けて最近覚えたAランクの魔法を放ち自分が逃げる時間を作る。派手で強力な魔法を連発しているけれども、相手は龍種だ。花形役者でないから、見栄えばかりの攻撃では勝利を掴むことは難しく、蓮也の魔法だって簡単に回避されてしまう。
「僕一人でなんとかするなんて、無理だよッ!」
そう口にして、息を切らしながら三苗と2人きりの体育館サイズの部屋を走り回る。
──このまま戦えば、次第に距離が詰められて蓮也は敗北の一途を辿ることになるだろう。
その悲劇を回避する為には、別の誰かが参戦する必要があるが、この広い城内都市パットゥの中から三苗と蓮也のいる部屋に辿り着くことができるような人物は少ないだろう。
蓮也は、自分の後先のことなど考えずにその部屋の中を走って攻撃を避け続ける。
龍種の中で一番手堅いと言われている三苗と、勇者一行の縁の下の力持ちとしてこれまで幾度も小さな活躍をしてきた成瀬蓮也。
その1人と1体の戦いは、こうして始まったのだった──。
蓮也には悪いけど次回からは違う戦場を描きます。
大事なキャラが出てる戦いは後回しにしたいという欲望