Psychopath その②
──城内都市パットゥの第3層の廊下で開幕したサイコパス決定戦が開幕し、その片方は大きく斧を振るって自らの方へ飛んでくるナイフを打ち返す。
「──っと!」
身長158cmと、高校3年生女子の平均身長ジャストである歌穂は、自分の背丈と大差ない巨大な斧を大きく振るって、飛んでくるナイフを上手に弾き飛ばす。
ナイフを投擲してくる歌穂に盾突くサイコパス──パーノルド・ステューシーの攻撃は、非常に厄介だった。なにせ、ナイフを大量に常備しており、残りを気にすることなく投げることができるのだ。
撃つのにそれなりに時間がかかる弓矢よりも手っ取り早く、かつ間断なく飛んでくるナイフは、小回りの利かない火力重視の斧に対しては相性最悪だと言えるだろう。
歌穂にも、斧を投げて使用する遠距離攻撃が存在するが、投げたらそれっきりで、斧を回収する必要がある。誰が乱入してくるかわからない戦場で、唯一の武器を投げる行為は最も愚かなことの1つだ。
その為、ただ飛んでくるナイフを斧を振るって弾くか、左右に動いて回避するしかない状況で、膠着すると思われたが、パーノルドは歌穂を挑発するようにこんな声をかける。
「パースパスパス。そうやって堅実にナイフを弾いたり避けたりしているようで、本当にサイコパスを名乗れるパスか?」
「──何?挑発のつもり?」
白髪を揺らしながら、歌穂はパーノルドのする挑発を無視する。相手だって、不必要なことはしないのだ。
「そっちだって、遠距離からチマチマナイフを投げてばっかりで。サイコパスは直接人を刺すからいいんじゃないの?このピエロ擬き」
「──ッチ」
歌穂が挑発し返すと、パーノルドは小さく舌打ちをしてナイフを投げる手を止める。
両者、サイコパスになり切れていない点を指摘される形になり、お互いがサイコパスを自称するものとしてその手が止まる。
「──そこまで言うのならやってあげるパスよ」
そう口にして、パーノルドは身に纏っている白衣を翻して歌穂の方へと接近する。
投げナイフの雨が止み、歌穂は斧での防御行動をとる必要が無くなったために攻撃に回ることが可能になる。
近付いてくるパーノルドにカウンターをぶつけるために、その斧を振るい──
「──〈登竜斧〉!」
歌穂は、その巨大な斧を斜めに振り上げてパーノルドに攻撃を仕掛ける──が、パーノルドはその技を見透かしたかのように、斧を踏み台にして空中に舞い上がった。
「──んなッ!」
回避されるとは思っていなかったから、歌穂は驚きが隠せないけれども即座に方向転換して自らの真上を飛びあがったパーノルドの攻撃を回避しようと試みる。
「残念パス。斧の技は、タビオスので何度も見ているパス」
パーノルドは、空中で上下逆転しながら──頭を床の方に、足を天井へと伸ばし、そのまま歌穂を飛び越えて重力に従って床の方へと落ちていく。
「──失礼するパス」
その言葉と同時に、パーノルドの右手に持たれていたナイフが歌穂の肩に突き刺さる。パーノルドはそのまま両足で着地して歌穂の方から離れていく。
「──痛ッ!」
歌穂は、刺された部分の筋肉がその刺激により硬直していくことを感じながら振り返る。パーノルドは、挑発するように歌穂に背中を向けてそこに立っていた。
「パースパスパス。先制点は私が貰ったパス」
肩には包丁が深く刺さっており、歌穂はそれを引き抜いた後にHP回復用ポーションを口にしてその刺傷を癒す。
幸い、狙われたのが首ではなく肩で助かった。首が狙われ、頸動脈にナイフが突き立てられていた、歌穂は回復が間に合わずに死んでしまっていただろう。
パーノルドは、サイコパスらしく「歌穂をできるだけ苦しめて殺そう」などと思っているのだろう。
随分と舐められているけれども、サイコパスを自称しているのはお互い様だ。歌穂の斧は、そのサイズからも、技からも一発で勝負がついてしまうけれど、パーノルドのナイフはジリジリと相手を追い詰めて殺すことが可能だ。
「──パーノルドの策にハマったら面倒ね」
歌穂はそう口にして、斧を両腕で握って移動を開始しする。もう、肩にナイフが刺された痛みはない。
パーノルドは、歌穂が動いたのを音で感じても一歩だって逃げようとしなかったし、それどころか両腕を真横に広げて全身で十字を描くようなポーズを取り、頭だけを歌穂の方へと向けた。
パーノルドが一体何を考えているのか、歌穂にとってはわからなかったけれど絶好の攻撃チャンスだ。
これを逃すわけにはいかない──。
「〈二度見する──ッ!」
歌穂が大きく斧を掲げて、パーノルドのことを真っ二つにしようと試みたその時、歌穂の体が突然に痛みを発する。それにより、歌穂の持ち上げた斧は振り下ろされることはなく、そのまま地面に大きな音を立てて落ちてしまう。
「──何、これ!」
骨の髄から発せられるような痛みと痺れの正体がわからず、歌穂はその場に尻餅を付いたまま片目を瞑ってその痛みに耐える。
「毒が効いてきたパスね」
「──毒?まさかッ!」
パーノルドの言っていることが一瞬理解できなかった歌穂だが、すぐに先程刺されたナイフに毒が塗られていたことを察する。
「はい、歌穂さんの想像通りパス。私の武器はただのナイフじゃないパス。全て、毒を塗りたくった毒ナイフパス」
そう口にして、パーノルド・ステューシーは自らの手にある毒ナイフを丸ごと口に含む。そして──
「──ひ」
パーノルドの口から出された金属で作られたナイフは、ちょうちょ結びにされていたのであるのを見て、歌穂は小さく悲鳴をあげた。