人類最強vs龍種最強 その⑥
人類最強と龍種最強の戦いは空中で幕を閉じ、軍配は人類最強の方へ上がる。
そのため、『人類最強』の最強さは人類という範疇に留まらず、『生物最強』──いや、森羅万象の頂点に立つ強さを誇ることが、少なくともドラコル王国の中で確定したため、只今この時を持って森宮皇斗の二つ名は『人類最強』から『森羅最強』に変更される。
『森羅最強』森宮皇斗は、応龍を討伐したことによる莫大な経験値で体が満たされていくのを感じながら、地面に吸い込まれるようにして落下していた。
両腕と魔法杖・剣を喪失し、最後の一発で咥えていた弓も落してしまった。
手元に武器と呼べる存在はなく、矢筒に入っている矢も全て零して宙に踊っているため、皇斗は自衛の手段が実質的に存在していない。
「───クソ、〈泥土〉を行使しすぎたから、回復魔法のためにもこれ以上使えるMPはない...」
自らが、後にも先にもないくらい追い詰められていたことを自覚する皇斗。止血されていない右腕から流れ続ける鮮血を止めるためにも、回復魔法は必須だ。だが、両腕がない今ポーションを飲むことはできない。『森羅最強』の二つ名は三日天下のままで落下死をしてしまう───
───ようなことは無かった。
皇斗は、自分より先に落下していく応龍の亡骸の上に落下し、矢が貫いたその柔らかい傷口の上に落下したため、なんとかノーダメージで助かったのだ。
「──よかった。死体が霧消する前に着地できて」
皇斗は静かにそう告げて、応龍を弔うよりも先に、遠くに落下していた魔法杖の方へ移動する。
そして、その場に膝を折り畳むようにして正座になり、魔法杖を咥えて───
「───〈超回復〉」
皇斗がそうSランクの回復魔法を唱えると、体からMPが喪失していくのを感じるのと同時に、右腕の断面から肉がモリモリと盛り上がってきて、その右腕が再生していく。
数秒後には、皇斗の右腕は完全復活していた。
「これで一先ずは安心だな」
そう口にして、皇斗はインベントリからMP回復用ポーションを取り出し、MPを完全に回復させて、左腕の欠損も回復させる。そして、両腕をグーパーさせて、欠損した腕が復活すると言う違和感に耐えながら、その動作性を確認していた。
「動きはほとんど問題なし、か...」
両腕が復活した皇斗であったが、服の裾は復活しないから、今の状態で蒼にあったら「センスが壊滅的に終わってるピョン」と嘲笑われるだろうし、愛香にあったら「北斗神拳伝承者か?」と問われることになるだろう。
だが、衣服の問題など、龍種最強の応龍に勝利した皇斗にとっては些細なことだ。
「───さて。余は皆と合流を図るべきか」
そう口にして、魔法杖をインベントリにしまい吹き飛ばされて落ちていた剣と弓矢を拾い集めながら、城内都市パットゥの上層を見遣る。
皇斗のレベルは、暴走している応龍を個人で討伐したことにより60から68にまでアップしている。
───森宮皇斗の最強伝説に、「龍討伐」という話が追加されたのだった。
***
───他方、こちらは『魔帝』園田茉裕により分断させられた勇者一行。
園田茉裕が使用した〈離散〉は、接触している人や物は同じところに転移されるようだったので、『剣聖』の捕まえた3人───秋元梨花・阿部健吾・佐倉美沙の合計4人は同じ場所に転移される。
「ここは...」
天井が高く、グラウンドのように広い一室に転移した4人は、その空間を見回す。
天井には、高級そうな巨大なシャングリラが設置されており、炎魔法によって消えることのない光源として部屋全体を灯していた。
「とりあえず、ここがパットゥの何階のどこかってのがわからないと───」
「その必要はないわ」
「「「───ッ!」」」
健吾が、冷静に状況把握しようと試みたその時、4人と同じ空間に現れたのは1人の悪女───先程も話題に出た『魔帝』園田茉裕であった。
茉裕は、健吾達の数メートル先の上空に現れ、まるで天使かと言うようにその場に浮遊している。
「茉裕ッ!」
梨花はそう叫び声をあげて、咄嗟に立ち上がって剣を構える。
空中に浮いている茉裕は、空に浮いているため剣を持っている梨花たちが攻撃することはできない。
「ぶち殺す───とか言ってイキってたから、折角だし相手にしてあげる」
「そう言うのなら降りて来いッ!茉裕!」
荒々しく叫ぶ梨花の言い分を無視して、ヘラヘラ笑っている茉裕。
「───あれが、噂の第13代『魔帝』ソノダマヒロかい?」
「あぁ、そういう事だ」
茉裕と、ほとんど面識のない『剣聖』は、ここに来て初めて空中に揺蕩っている少女が『魔帝』であることを自覚する。そして───
「そういうことなら、面倒くさい魔法を放たれる前に殺すのが最優先だな」
そう口にして空中へと大きく飛ぶ『剣聖』は、そのまま茉裕に迫る。
「───は」
「〈機械仕掛けの暗黒世界〉」
『剣聖』が放つのは、呼吸を忘れてしまう程に美しい横一文字の居合。
茉裕は、その一閃により完全に死滅して───
「───〈禁忌の障壁〉」
「───ッ!」
茉裕は、『剣聖』の一閃をバリアで防御する。その半透明のバリアは、居合の衝撃で割れてしまうけれども、一発防いだだけで十分だ。
「んじゃ、退いて」
「クソ」
茉裕が、『剣聖』を足蹴にすると『剣聖』は後方に吹き飛ぶ。両腕をクロスさせることでその衝撃を防いで、なんとかこの広い空間の奥に着地したようだった。
「『剣聖』を相手にするのは流石に分が悪いか...そうだなぁ」
茉裕は、何か悪事を考えたようで笑みを浮かべる。彼女が考えることは、いつだって最低で最悪だ。
その倫理観を無視した彼女の行動は、今回だって『剣聖』に牙を剥ける。
「〈幻想蘇生〉」
茉裕が下衆な笑みを浮かべならそう口にすると、『剣聖』の目の前の地面から数十体の人型の怪物がゾンビのように這い出てくる。
「アナタ達は...」
その場にいる勇者一行の誰もが、地面から出てくるその人の正体を知らないけれど、第34代『剣聖』だけは地面から這い出てくる総勢33名の顔を知っている。
猛者オタクである『剣聖』は、目の前に現れる33人の猛者を知っている。
「歴代『剣聖』全員集合。楽しんでね」
茉裕は、趣味の悪い声でそう口にする。第34代『剣聖』マルクス・シュライデンの前に現れたのは、既に死んだはずの師匠───第33代『剣聖』を筆頭とする過去の『剣聖』達であった。
現『剣聖』1名vs元『剣聖』33名の戦いと、『魔帝』園田茉裕vs梨花・健吾・美沙の戦いが同時に幕を開けた───。