人類最強vs龍種最強 その⑤
現在、皇斗が立たされている現状は非常に危険なものだ。
皇斗であっても死ぬ可能性が十分にある現在の状況を少しまとめることにしよう。
まず第一に、皇斗は現在左腕を欠損している。
既に止血は終えており応急処置は無事に成功したのだけれど、左腕が使えないと言うことは、彼の背中に背負った弓矢が使えないと言う事である。皇斗であっても、片手で弓を引くことは難しい。
そして、彼は魔法杖を落としてしまっている。
そのため、HP回復用ポーションを使用し止血を終えても、ポーションにはBランク回復魔法と同等の回復量しかないため、消え失せた腕を再度生やすためにはAランク回復魔法の重ねがけ、もしくはSランク魔法の使用が必要だ。
回復魔法に限らず、Bランク以上の魔法を使用するには魔法杖が必要なので、皇斗はそれらも使えなくなっている。
そして、皇斗が一時の戦略的撤退時にしようした〈転移〉であったが、彼の〈転移〉地点に定めたところは、応龍が足場ごと破壊してしまったので、〈転移〉を使用してもすぐには身動きが取れない。
───と、応龍による足場の決壊を回避するために、皇斗は空中への逃げ延びた。
これから始まるのは応龍の主戦場である空中での激戦だが、皇斗に攻撃が一発でも当たればそれは全て致命傷と化す。
頭に当たったら頭がひしゃげて一発アウトなのは言わずもがな、空中で戦っている現在、皇斗の足のどちらかでも欠損すれば雪が融けて大地の色が明らかになった地面に墜落し、落下死するのは免れない。
そして、右腕を失ったら今度はHP回復用ポーションを飲むこともままならなくなるので、数十秒とかからずに失血死するのは確実だろう。その猶予の間に応龍を討伐できるのか───と言われると、両腕を欠損している状態で、剣も触れない状態で応龍を討伐数するのは不可能と言っていいだろう。
一つのミスだって許されない皇斗の危機的状況下での『龍種最強』応龍との空中戦が、今開幕する───。
***
一つ、大きな音を立てて先程まで皇斗の立っていた崖の先が、応龍の突進で崩壊する。
「空中に出させられた……か」
〈転移〉での逃げ場を潰すと同時に、皇斗を自分の本領を発揮できる空中へと移動させることに成功する応龍は、睨みを利かせているその目で皇斗のことを確実に追っていた。
「そっちがその気ならいい、乗ってやる。〈泥土〉!」
そう口にして、空中に足場を用意する皇斗。皇斗が採用する〈泥土〉は、Cランク魔法のため魔法杖は必要としない。
「グルアアアアアァァァァ!!」
そんな叫び声が響くと同時、バサバサと動かされる翼が嵐を呼ぶ。
「──ッ!」
大気が大きく渦巻き、空中にいる皇斗はその風に動きを縛られる。
「〈泥土〉」
暴風に飲まれる皇斗は即座に足場を作り、それを足掛かりに風のない台風の目へと移動を試みる───が、その暴風はあまりにも協力で皇斗はその風力に抗うことができない。
「───脱出は不可能か。ならば」
即座、逃亡することができないと感じた皇斗は、高速回転する渦巻の中で青い鱗で身を包んだ応龍をその双眸でしっかりと捉える。
徹頭徹尾、応龍に勝つ方法は剣による一撃だけだ。Cランク程度の魔法じゃ、その鱗を汚すことだってできないだろうし、矢の投擲だって無意味なことだ。
皇斗は、精神を研ぎ澄ましながら応龍の接近を予測する。
───この状況下、チャンスは一度切り。
完璧を実行できなければ皇斗は死亡し、応龍が他の勇者一行に攻撃を仕掛けることになるだろう。
『人類最強』でも討伐できなかった怪物を、他の有象無象が討伐することなど不可能なため、ここで皇斗が負ければそれ即ち、勇者一行の敗北に直結する。
「───だからこそ、負けられない」
暴風が止んだと同時、応龍が皇斗の方へと迫ってくる。皇斗は鞘に納まっている剣の柄を手にして居合の準備をする。
皇斗の普通の剣では鱗に弾かれるため、〈破魔矢〉で鱗が破壊されて肉が露出することを狙わなければいけない。
その勝敗は───。
「───〈絶断〉」
一閃。
光が、音が、空間が、皇斗の眼前にあるもの全てに亀裂が走り、応龍の露出した肉を抉り───
「───ッ!」
「グルアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
応龍の体が大きく上下に分かれるけれども、斬られた肉がダラリと垂れさがりそこからボタボタと鮮血を地面の方へ垂らしているけれども、死亡していない。
逆に、皇斗の剣を持っていた右腕は応龍に奪われて、両腕を欠損してしまう。
喪失感。
右腕も無くなり、その傷口は凍てつく風に曝される。痛みと喪失感に襲われながら、皇斗は自らの両腕が消え失せたこと十分に理解した。
───『人類最強』森宮皇斗を前にしても、応龍は大きすぎる障壁だった。
「───〈泥土〉」
落下死を防ぐためだけに、これ以上抵抗もできないのに皇斗は〈泥土〉を足場に鮮血を撒き散らしながら空中へと飛ぶ。
バサバサと翼を動かしながら応龍は空を回転するように飛び続け、皇斗の〈絶断〉の痛みが治まるのを待っているように見え、多少待っても死亡はしないだろう。
一方の皇斗は、すぐにでも回復魔法をかけなければ死亡してしまうような状態だ。
人類最強と龍種最強のバトルは、誰がどう見ても龍種最強に軍配が上がった───そう思うだろう。
誰も、敗北した皇斗のことを攻めはしない。魔法杖と剣を手元に無くし、背負っている弓だって両腕が無く使うにも使えない状況下で、皇斗が勝てる未来はない。
「グルアアアアアアアァァァァ!!」
応龍がそう叫ぶと同時に、〈泥土〉を使用して随分と天井まで移動していた皇斗の方へと応龍は迫り来る。
「ここまでか」
そう口にして、皇斗は〈泥土〉でこれ以上上へ上へと昇り詰めるのをやめる。そして───
───皇斗は、器用に体を動かし、背中に背負っていた弓の弦と矢を咥える。
「───最後の一発だ」
実際には咥えているため、言葉にはしていないはずなのにそんな言葉が皇斗から聴こえてくる。
弓柄に右足をかけて、真下から迫り来る応龍に向けて目一杯弓を引く。
───文字通り、最後に一矢報いてやる。
『人類最強』森宮皇斗は、両腕を失っても尚、口と足を使用してその弓を引いた。
「グルアァァァァ!!!」
応龍がそう雄たけびを上げて、皇斗を食らおうと大きく口を開ける。それと同時に、皇斗は───
「───〈龍をも殺す光輝〉」
皇斗は口を離し、応龍の方へと光速の矢が放たれる。目にも止まらぬ速さのそれは、応龍の体を貫き劈き穿ち蝕み───
「グラァァァァ!!!」
先程付けた〈絶断〉による傷口に追撃するように矢がその肉を抉り取り、応龍の心臓を破裂させる。
最強同士の決着に相応しく、応龍の体から血が破裂するように吹き出たその時に勝者は決定した。
───人類最強vs龍種最強。
───勝者 『人類最強』森宮皇斗