人類最強vs龍種最強 その③
『人類最強』森宮皇斗の中に思い浮かぶのは、目の前にいる巨竜───『龍冠』応龍を討伐するための勝利の方程式であった。
───もし、他の勇者一行がこの場に滞在していたのなら、きっと状況は大きく変わっていただろう。
99.9%が凡人である人類の中で、かき集められたたった0.1%の天才集団である第5回デスゲーム参加者───第8ゲームに即した言い方に直すと、勇者一行の中でも、森宮皇斗という存在は外れ値であった。
天才の中の天才である彼にとって、他の勇者一行は汚い言葉で表現するのなら足手まとい、お荷物に過ぎない。
もしも皇斗が極悪非道な存在であれば、仲間を早々に見捨てて孤軍奮闘するだろう。
そちらの方が、皇斗が思うがままに動けるため、皇斗単体での勝率は高くなる。
───が、彼は友人を見捨てることのできないただの天才だ。
まだ彼は、この学校の理念である「真の天才」にはなれていない。
だからこそ彼は、この状態に仲間が1人でも存在すれば弱体化するだろうが、どれだけクラスメートが死亡しても何も思うことのない茉裕にとって、そんな作戦が思いつくことはないので、森宮皇斗単体に龍種最強をぶつけたのだ。
「後は倒すだけだな」
導かれる勝利の方程式を用いるために、丁寧に弓を引く皇斗。
初めての痛みを痛感し、暴走状態が本格的に開始してきた応龍を前にして、皇斗は弓を放つ。
「〈破魔矢〉。そして、〈夢幻の蒼穹〉」
皇斗の放つ重ね技。MPを消費することで、〈破魔矢〉を大量に応龍にぶつけることができる。
本来であれば応龍のことを傷つけないどころかその硬く鋭い鱗にカウンターをされるような攻撃でさえも、この〈破魔矢〉であれば関係ない。
そんな〈破魔矢〉の集中砲火を、〈夢幻の蒼穹〉により可能にしている。
「だが、これだけだと絶命にまで持っていけないのはわかっている」
そう口にする皇斗は、即座に弓矢を背中の矢筒にしまい、応龍の方へ近付きながら剣を鞘から引き抜く。
「───〈絶断〉!」
そう口にして、痛みに耐えながら暴れ狂う応龍を、いとも簡単に回避しながら、〈破魔矢〉で作り出した鮮やかな色をした傷口に、〈絶断〉を食らわせる。
それにより、先程は通用しなかった攻撃が通り、応龍のその肉をバッサリと斬ることに成功する。
「グルアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
応龍の悲痛な叫び声が聴こえるけれども、皇斗に容赦と言うものは存在しない。
彼は、応龍の暴走が非常に危険であることを知っているから、〈絶断〉による攻撃を成功したら、そのまま一度退散して距離を取る。
その判断は正しく、先程まで皇斗の立っていた場所には応龍によるブレス・大地による猛攻が仕掛けられる。その暴れ具合は凄まじくは皇斗の数メートル後ろには崖があった。
「予測通りだ」
そう口にした皇斗は、次なる攻撃に備えて準備をするために剣を鞘に戻し、魔法杖をインベントリから取り出す。強く握ったそれを、数十メートル先で悶えている応龍の方へ向けて───
「鱗に関係なく、これなら通用するはずだ。〈森羅万象を破壊する重力〉」
「グギャアアアアァァァ!」
皇斗が、重力を操作する闇魔法を使用して荒れ狂う応龍を押し潰さんと試みる。代わりに、Sランク魔法を行使したため、ゴッソリとMPが持ってかれたため、皇斗は片手に魔法杖を握った状態でMP回復用ポーションを摂取する。
「しっかり準備をおいてよかった。魔獣の森で想定以上にポーションを消費した時はどうなるかと思ったが、応龍を相手にする程度の量ならば余裕がありそうだな」
魔獣の森を突破するのに、勇者い意向が購入したポーション全体の6割近くを消費してしまったのだが、それに比べてみれば応龍を相手にすることなど簡単だ。
───と、そう思っていると応龍の暴走した首が皇斗の方へと迫ってくる。
「特攻か、いや...」
応龍の首を伸ばし全力でダッシュしてくる突進を、強敵である皇斗の排除に急いだ愚策とも考えたが、すぐにブレスを吐く準備をしているのを理解し、皇斗は上空へと逃亡する。が───
「───マズい」
刹那、皇斗の後ろにあった崖が盛り上がり、羊羹のように四角い状態で皇斗の方へ伸びてくる。
「───作戦変更か」
皇斗は、空中で咄嗟に体の方向を変えて、盛り上がった四角い大地のブロックの側面を蹴り上げて、応龍の方へと迫っていく。
応龍は、接近してくる皇斗に対してブレスを放ち、その炎で皇斗を焼き尽くそうと試みる。
「考えたようだが、結局炎では変わりない。〈台風の瞳〉」
皇斗の腕には魔法杖があったし、MPも先程回復しておいたのでBランク魔法の〈台風の瞳〉で自らを囲い、その炎からの包囲網とする。
しかし、皇斗に接近してきたのはブレスを吐く応龍の首そのものだ。
応龍は、ブレス攻撃をしながらその首を伸ばし皇斗のことを食らおうとしたのだ。
「───マズい」
〈台風の瞳〉とそれに巻き込まれたブレスで視界が悪くなっていた皇斗は反応が遅れてしまう。
魔法杖をインベントリにしまったら、折角の〈台風の瞳〉が消えてしまい炎から身を守る術が無くなる。
そうなってしまっては体が焼かれてしまうので、魔法杖をしまうことは得策ではない。
ならば、反撃は両手を必要としない剣による攻撃か、そのまま魔法を使用するしかないだろう。
「この状態を回避する方法は...」
前方に応龍の顔が迫っている中で、皇斗は魔法を使用する。
「〈泥土〉!」
自らの足元にバスケットボール大の足場を作り出し、それを踏み台にして更に空中へと避難する。
これで、時間は稼げた───
「───ッ!」
皇斗の背中を襲う激痛。上空に逃げることを予見するように、崖から伸びる羊羹のように四角い地面が、皇斗の背中に吸い込まれるように激突したのだ。
背中に大地が衝突した皇斗は、そのまま大地の側面にくっついたように応龍の口の方へと迫る。
「この程度ッ!」
皇斗は、背中の痛みをものともせず応龍の首を避けるように大地から離れて逸れて地面の方へ落ちていく。
上空は、応龍の領域だ。敵のフィールドで戦うことほど愚かなことはしない───。
「───ッチ!」
右に逸れて応龍を避けるように落下した皇斗であったが、それを許さないかのように小癪にも応龍は体を動かしてくる。それにより、皇斗の魔法杖を持っている左半身が応龍のその鋭い牙に巻き込まれ───。
「───あぁ、クソ」
応龍は皇斗の左腕を食らい、魔法杖を弾き飛ばす。
そのまま、地面に落下した皇斗は全身を襲う左腕の喪失感に耐えかねて、高所からの着地に失敗し、雪のない黒い地面に激突する。
───勝利の方程式のひび割れる音が、皇斗の脳内には響いた。