王国戦争開幕 その②
「意外に、勢いに任せて飛び降りてもなんとかなるものね...」
純白の雪のクッションの上に、尻を埋めながら美玲はそんなことを口にする。
「ここの雪は深いからね。どう落ちても死にはしないよ」
「まぁ、首が埋もれて窒息する可能性はあるだろうがな」
美玲のそんな呟きにするのは、キレイに着地をした『剣聖』と皇斗の2人であった。
その隣では、頭から雪に突っ込んで足をジタバタさせている蒼の姿がある。皇斗が片手でそれを引き抜き、
「エクスカリバーだピョン!」
「真面目にやれ」
「え、ちょ、ま」
蒼の顔は、再び白に染まって黒に覆いつくされた。
「───それでだ。妾達は名目としては栄ではなくプラム姫を助けに来た勇者一行。それならば、正義に相応しいように、姑息で今を乗り越えるのを求めるのを第一に考えるのではなく、やはり正面突破で構わないよな?」
そう口にして、槍を引き抜き巨大な漆黒の扉の方へと歩いていく愛香。
「うん、それで構わないよ。皆、中に広がっているのは一つの都市であり城だ。階層が分かれていて、その最上階に『古龍の王』はいるはずだ」
「まさしくラスボスだな」
「でも、どうやって最上階に行くの?」
「都市の中心に大きな螺旋階段がある。それ以外にも、都市の数か所に螺旋階段が用意されているけどこれだけ大人数で上るなら大きいのを利用した方がいいだろうし、そこが一番『古龍の王』に近付ける策なはずだ」
「了解。それで、都市にいる人達は?」
「都市にいる人たちは敵じゃない。『古龍の王』の悪政に苦しめられている一般人さ」
「なら、怪我させない方が良さそうね」
「そういうこと」
───そんなこんなの諸注意を確認し終えて遂に今、パットゥへの入り口である漆黒の硬い扉は開かれる。
ギシギシと、扉が軋むような音を立てながらゆっくりと開いていき、勇者一行の立っている外の冷たい空気が我先にとパットゥの中へと流れ込んでいくのを肌で感じる。
城内都市は、その権威の象徴であると同時に、寒冷な地域に街を作るために建造された巨大な建物だ。
そのため、パットゥの中が暖かいのは確定しており、幸いにも戦闘には持って来いの環境だろう───。
「──って、マジか!」
健吾が目にしたのは、巨大な一匹の龍であった。
ゴツゴツとした硬そうな空の色をした体に、背中から生えた巨大な翼。そして、しっかりと4本の足でしっかりと地面に立ったステレオタイプのドラゴンが、そこにはいた。
そして、ドラゴンとしての美を追求され尽くした整った顔があり、その宝石のように美しい瞳が勇者一行を捉え───
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」
「───うっるさ!」
耳を破壊するような叫び声がパットゥに鳴り響き、王国戦争開幕のゴングとして機能する。
この叫び声により、きっと敵陣にも勇者一行の来襲がバレてしまっただろう。
「これが、噂の『古龍の王』!?」
「違う、これは龍種の1体、応龍だ!」
『剣聖』が、歌穂の疑問に答える。目の前にいるのは、現在4体にまで数を減らしていた龍種の一角、応龍であった。
「だったら、龍種なのにどうして顔に被り物をしていないの!」
「『古龍の王』が外した!それしか考えられない!」
「クソ、暴走した状態で龍種と戦わないと行けないのかよッ!」
これまで5体の龍種と戦い、4体の龍種を討伐した勇者一行だから、龍種の危険性は重々承知している。
目に前にいる龍種の応龍は被り物をしていないため、暴走状態───それ即ち、大変危険な状態になっているのだ。
「仕方ない、全員で応龍の討伐を目指す!」
そう口にして、『剣聖』が剣の先を応龍の方へ向け、大規模な戦闘が始まろうとしていたのと同時───
「グルアァァァァ!!」
再度、応龍が吠えてその翼を大きく動かした。飛ぶためではない、これは勇者一行を吹き飛ばすための風だ。
「───ッ!飛ばされるッ!」
まだパットゥに踏み込んでいない───それこそ、扉を開けただけなのだが、勇者一行は窮地に立たされる。
雪の積もった地面に食いつこうと、必死にその風に耐えるけれども数人は外に舞い上げられてしまう。
「わ、わぁ!」
「紬!」
風に飛ばされた紬の手を取り、自らも空に打ち上げられる純介。空へ飛ばされてしまうのは、2人以外にもいる。
「グルアァァァァ!!!」
吹き荒れる風は、極寒の地だけであって凍てつく寒さだ。次第に言葉を紡ぐことも難しくなる。
「門番に龍種とは、向こうも本気らしいな」
何にも囚われないという意味で風の愛香は、その風に逆らわない。そのまま風に打ち上げられながら思案する。
そのまま1人、また1人と空へ投げられていき最後に残ったのは、皇斗ただ一人になってしまう。
流石の皇斗も、この風の中で自由に動くことはできないのか、その二本の足でしっかりと地面に立つことしかできていなかった。
もっとも、人を吹き飛ばすような風を前にして悠然と立っていられるだけでも十分超人なのだが。
「───って、誰だ!」
ふと、応龍の後ろから一つの人影が見える。そこにいたのは───
「───あ、気付いた?皆、お久ー」
「「「───茉裕ッ!」」」
茉裕の登場に、勇者一行は驚きが隠せない。まさか、こんな最前線に出てくるとは思っていなかったからだ。
「茉裕、ぶち殺す!」
「はいはい、御託はいいから。争うならこんな寒い所嫌よ。〈離散〉」
その言葉と同時、空中に打ちあげられて身動きが取れていない勇者一行と『剣聖』の姿が消えてしまう。
考えを回さなくても、それは『魔帝』となった茉裕の影響であることがわかるだろう。
「───お前らの目的は、余等を分散させることか」
「当たり。この都市にはアンチ勇者を大量に集めておいたから。これまで龍種は多勢に無勢で負けたけど、今回はそうはいかないわよ」
そう口にして、茉裕は笑みを浮かべる。
「それじゃ、頑張って。暴走させておいてあげたから、楽しんでね~」
そんな言葉を残して、茉裕は姿を消す。きっと、〈転送〉を使用して城の中にでも戻ったのだろう。
遺された皇斗の目の前にいるのはドラゴンが一匹。
「仕方ない。余はゲームらしく、ドラゴン討伐にしゃれこもうじゃないか」
勇者一行の最強と龍種の最強との、正々堂々正面衝突一騎打ちが極寒の地パットゥの正門で正式で開始する。