魔獣の森 その①
「皆、集まったかな?」
鯀の討伐から早くも2日が経過した今日、勇者一行と『剣聖』の21人は『古龍の王』と栄、そしてプラム姫が閉じ込められているパットゥへと向かう。
極寒の地───などとされているが、王城にいたマスカット大臣が渡してくれた衣服は寒暖差を感じさせないものだ。太陽がギラギラと照り付けるような砂漠であろうと、ほとんど影響はないから極寒の地でも対応できるだろう。
「栄、栄に会える...」
うわ言のように、病的に栄との再会を渇望するのは栄の恋人である智恵だった。
彼女が、このゲームで勤しむのは全て栄と生きて再会するため───ただそれだけに他ならない。
「チエさん。申し訳ないけど、ちょっと気が早いかな」
「え」
「まぁ、早く出発したいのは山々だろうし、歩きながら説明するよ。寄り道せず、真っ直ぐにパットゥに向かうことを約束する」
その言葉と同時に、『剣聖』は先頭の方へと歩き出す。
智恵は、その『剣聖』の方へ早歩きで移動して、その話を聞きに行った。
智恵の付添人として紬や梨央・美緒もいたし、同じく情報を聴こうと康太や皇斗なども先頭の方へ来ていた。
「栄に会うのが気が早いって、どういうことですか?」
「パットゥへの遠征は、3日間を予定してるってことさ」
「3日間も...」
今日を1日目とすれば、栄に会えるのは最低でも明後日のことになる。
まだまだ、遠い未来だ。なんだか、どんどん餌を遠ざけられているような気がする。
「悪く思わないでくれ、これが最短ルートなんだ」
「どう進むんですか?」
そう口にして、康太は地図を開く。『無敗列伝』にはタメ口を使用していた康太だったが、『剣聖』には敬語を使っている。この差は一体なんだろうか。
「僕たちは今、ドラコル王国の一番東にある商業都市アールにいるだろう?」
ドラコル王国を、最も簡潔に書くとするのなら円を書くことだ。多少の差異があるにしても、円を書いてしまえば簡単にこの国のことを説明することが可能であった。
「商業都市アールを、北門から出て、そのまま北に直進するとエール橋に辿り着く。本当なら、渡ったところを西に曲がってエットゥ大山脈を通るルートで迂回していくんだけど、今回は違う」
「パットゥの方へ直行ってことですよね?」
「そういうこと」
パットゥは、円で書いた雑な地図で表現するなら、12時の方向に存在している。
本来であれば、3時の方向にあるエール橋から西進し、エットゥ大山脈───地図で言うと円の中心を通って10時の方向にまで移動し、そこから11時・12時の方向へと北東へと移動してオンパドゥ湖を通りつつパットゥに到着すると言う流れが一般的だ。
途中で、険しい山岳地帯が冒険者に牙を剥くけれども、それでもエール橋からパットゥへ直接向かわないのには、理由があった。
「───凶暴な魔獣が多数出る危険な地帯になっている。気を引き締めていかないと、すぐに魔獣の餌になってしまう」
そう口にする『剣聖』。レベル99の『剣聖』が口にするのだから、余程過酷な環境なのだろう。
円で書いた雑な地図で言う1時や2時の方向に広がっている、針葉樹林の森は「魔獣の森」などと呼ばれて、商人や冒険者でさえも本来は立ち向かわない。
慢心して突入し、死亡した冒険者は数えきれないほどいるが、深追いしたら『剣聖』のことだから、長時間語るに違いない。だから、これ以上の探求は誰もしなかった。
「今回はエール橋からそのまま北進して、魔獣の森を通ってパットゥへ向かうってことですね?」
「そういうこと。魔獣の森を避けたいなら一度エットゥ大山脈の方へと登るけど、そうなると2日くらい旅程が伸びることになるよ。安全を重視するか速度を重視するかで、今回は速度を優先したけど今から帰ることも可能だ。どうす───」
「魔獣の森を抜ける方でお願いします」
「───随分と速い決断だね」
一分一秒でも早く栄に会いたい智恵にとって、2日というロスタイムは大きすぎる。
ただでさえ長い旅路が、さらに長くなってしまうのだけは避けたい。危険なのは重々承知で、魔獣の森に飛び込んでやる覚悟はあった。
「──と、そんなことを離している間にもう北門に到着だ」
そんなことを離して、勇者一行と『剣聖』の21人は北門を通り、そのままエール橋へと向かう。
ゲームの進行度で考えると、やっと6割が終了したところと言えるが、今回はゲームとは違いエットゥ大山脈とオンパドゥ湖での戦闘を省略するから、実質的に8割を終えたと言ってもいいだろう。
エットゥ大山脈から流れている大河──エットゥ川の上にかけられた巨大な大橋であるエール橋を通り抜け、その雄大な自然を背景にした先に、分かれ道があった。
一方には、「ここから先、立ち入り禁止」と標識が乱立しており、もう一方には「登山者へ」などと看板があった。
本来であれば、二者択一でエットゥ大山脈に足を運ぶだろうが、勇者一行は違う。
「皆、ここからは危険だ。一瞬でも気を抜けばしぬと思って付いてきて」
『剣聖』はそう皆に忠告した後に、立ち入り禁止の標識が乱立している魔獣の森へと入り込む。
───『古龍の王』との前哨戦が、開始した。