ウェヌス・クラバス・ホーキンス その③
「───お久しぶりです。『総主教』様」
対面する姉妹。
総主教としての特権のみを受け継いだ姉・アポロと、『総主教』の仕事のみを受け継いだ妹・ウェヌスが対面する。
「前のようにウェヌスって呼んでくれないんですね?お姉ちゃん」
実に数十年ぶりの対面を果たしたその姉妹であったが、『水晶』アポロ・クラバス・ホーキンスはまるで他人のように接する。
「これまでアナタは、神の言葉を借りて私から逃げていた。でも、ついに神は私に味方してくれたようね」
実の姉を前にして、『総主教』は敬語を使用しない。貴族の産まれとはいえ、二人は双子。
この世界のどんな人物よりも親しい間柄だ。
「───どうやら、そのようね。だから、もう抵抗はやめるわ」
細い声でそう口にする、『水晶』アポロ・クラバス・ホーキンス。
神の声が聞こえなくなったわけではない。神が、ウェヌスの襲来を教えてくれなかっただけだ。
それは即ち、神の声が聞こえると言う特権が、アポロからウェヌスに移ることを神が、運命が定めたと言っていいだろう。
神の声を長年聞いてきた『水晶』はそれに逆らわないし、『総主教』だってその絶好の機会を逃しはしない。
多くの部下を連れて来た『総主教』に逆らっても、『水晶』には勝ち目がない。逃げられはしない。
「お姉ちゃんには色々と言いたいことがあるけど、私のこれまでの努力はわかってくれなさそうね」
「───えぇ、そうね。私はアナタの背負ってきた嘘をわかってあげる権利はない」
「だから、死んで」
「───」
『総主教』のその言葉を聴いて、『水晶』は喉を震わせる。
これは、かつて見捨てた妹の逆襲だろうか。それは否。
ではこれは、かつて逃げ出した自分への因果応報だろうか。否、それも否。
───これは、運命だ。
双子として産まれ、ホーキンス家を代々取り巻く神の引き寄せた運命だ。
「───言い遺したい言葉はある?」
「2つ」
「聞いてあげるわよ」
「───ありがとう。それじゃ、1つは占い師として。大きな戦争に参加したら後悔する結果になるわ。そして、もう1つは姉として。愛してあげられなくてごめんね」
「───そう。もう後悔はない?」
「えぇ」
ホーキンス家として、先代「神の夫」の娘として育てられ、神の言葉を聴き、過去も未来も全てを見通した『水晶』は、自らの死を拒まない。
『総主教』は、自分の手首に傷をつけて、流血するその腕を『水晶』の方へと突き出す。
「───これは」
「覚えてないの?お姉ちゃんだって、お父様の血を飲んだでしょう?」
「───この特権を、あるべき場所に戻さないといけないのね」
全てを理解した『水晶』は、『総主教』の腕を流れる鮮血を、ペロリと舐めて摂取する。そして───
「さようなら」
冷酷無情に、『総主教』は『水晶』に首を、隠し持っていた剣で切り落とす。
ボタボタと垂れる『水晶』の血液を、お椀のようにした両手で回収し、それを砂漠で死にかけている遭難者がオアシスの湖を見つけた時のように、大切そうに口にする。
───この時、内実共にウェヌス・クラバス・ホーキンスは『総主教』と認められるべき存在になったのだ。
[パットゥへ向かい、勇者一行に立ち向かいなさい]
頭の中に、女性の声が響く。
「この、声は...」
[パットゥへ向かい、勇者一行に立ち向かいなさい]
ウェヌスがこれまでの人生で幾度となく渇望した神の声が、脳内に響き渡る。
これまでは、嘘を憑き己も信徒も騙していた天啓が、ついにウェヌスの耳に届く。
───だからこそ、彼女はその声に従い、まるで操り人形にでもなったかのように動くのだ。
「───神からのお告げです。私は今から、パットゥへと向かい勇者に立ち向かいます。アナタ達は、この死体を処理した後に通常の業務に戻りなさい」
「「「ハッ!」」」
そう口にして、ウェヌスはどこか恍惚とした表情で、姉である『水晶』の館を出ていった。
その姿が激写され、ドラコル新聞は号外を作り、『死に損ないの7人』の一人である『水晶』の死を大々的に報道したのであった───。
***
「『水晶』が死んで、『死に損ないの7人』は『死に損ないの6人』にまた戻った」
『剣聖』がそう語るのは、勇者一行が寝泊まりしている宿の男子部屋。
そこに集められた皆は、今日起こった3つの事件の話を聞き終えたのだった。
「そうだ。前々から、『死に損ないの〇人』って大体の数が決まってるんですか?」
「うん。『剣聖』や『魔帝』・『古龍の王』は基本的にずっといるし、『無敗列伝』『神速』『羅刹女』みたいな、継承されない二つ名のタイプも、コロコロ変わってはいるけどずっと入っているかな。まぁ、『水晶』が入って『死に損ないの7人』になる前のメンバーで固定になったのは大体10年くらい前さ」
『死に損ないの6人』というのは、チームの名前ではなく、レベル85を超えた人物に畏敬の念を加えてそう呼んでいるのだ。だから、大きくメンバーが変動することだって少なくない。
「───と、話はこのくらいだね。一先ず今日は、鯀の討伐をお疲れ様。僕の無理を聞いてくれてありがとう。サカエ君の救出には僕も協力するから」
そう口にする『剣聖』。
栄を救出する───そのために、ゲームの世界にここでの時間で20日も滞在していた。
これまで倒した龍種は4体。
経験値を集め、全員がレベル40以上になっていた。
「───僕も出発の準備があるし皆も疲れているだろうから、明日は1日準備期間にする。明後日、パットゥへ向けて出発する」
───栄救出の時は、刻一刻と近付いてきていた。