ウェヌス・クラバス・ホーキンス その②
『水晶』→アポロ・クラバス・ホーキンス
現『総主教』→ウェヌス・クラバス・ホーキンス
今から半世紀ほど前。
代々「神の夫」を意味する二つ名の『総主教』を継ぐ家系であるホーキンス家は、ある問題に衝突していた。
それは、男子が生まれない───という問題だ。
約800年前にドラコル教の唯一神───神話上の名義で呼ぶなら神が、地上に再臨して、ホーキンス家の先祖であり創始者のデリア・クラバス・ホーキンスに、『総主教』という二つ名を授けた。
その二つ名の意味は、前述したように「神の夫」を意味し、代々ホーキンス家───正確に言うなら、『総主教』の二つ名を持つ者の息子にのみ継承が許されていた。
そのため、ホーキンス家が抱えた男子が生まれないという問題は非常に大きかった。
産まれたのは、長女・次女にして双子であるアポロとウェヌスの2人に続き、三女・四女・五女───全部で、九女になるまで妊娠と出産を試みたけれども、男児が生まれる様子は一切なかった。
かと言って、『総主教』の二つ名は「神の夫」を表す───言ってしまえば、神の血筋だ。
どこの馬の骨かもわからない男が継げるわけもないし、『総主教』という宗教的権威を持つ以上、一夫多妻制などという不貞を働くわけにもいかなかった。
───と、これは捕捉だが、『総主教』は「神の夫」を表すのに、別の女性と結婚して子を成していることに疑問を持つ人もいるだろう。それが許されている理由としては、『総主教』になる前から結婚することで、神と結婚した後に新たに結婚することを避けているので、神はお赦しになっているという解釈だ。
正直、納得できる人は少ないだろうが、初代『総主教』からそうやって脈々と受け継がれていった伝統であるため、この国の人は誰も不思議に思っていない。
閑話休題。
当時の『総主教』───アポロとウェヌスの親である第61代『総主教』のプレス・クラバス・ホーキンスは思案する。
このままでは、『総主教』が次の代に告げずに終わってしまう。それだけは避けなければならない。
「───仕方ない。神の声を聴くとするか」
そう口にして、プレスは目を瞑り神の声を聴くことを試みる。
───神は、過去も未来も全てが見通すことができ、その目を『総主教』はいつでも借りることができる。
それは、初代から受け継がれた『総主教』の持つ特権であった。
『総主教』を継がせる男子が生まれなかった、一体どうすればいい──。
プレスによるそんな問いかけに対して、神は返答する。
[そのまま娘に継ぐことを許します。娘に継がせなさい]
神に返答をもらったプレスは、娘───長女である、アポロ・クラバス・ホーキンスに第62代『総主教』として継いでもらう事に決定した。
彼は、娘のアポロを呼び寄せてこう口にする。
「───アポロ。お前には、『総主教』として初めての女性『総主教』になってもらう」
「わかりました、お父様」
「国民からは色々と言われるだろうが、お父さんも神様だって、皆アポロの見方だ。だから、怖がらなくていいぞ」
「───はい」
アポロは、小さく返事をする。
───そして、その日の決定からアポロを『総主教』にすべく、大聖堂では式典の準備に取り掛かっていた。
『総主教』が代替わりする時は、こうして大々的にパーティーが開かれるのだ。
そのパーティーの中で、『総主教』の代替わりにおいて象徴的な、『総主教』だけが着ることができる祭服を譲り受けて、それによって新しく『総主教』になった人物が神からの教えを口にする───という儀式があるのだが、実際はそこで『総主教』としての立場が受け渡されているのではない。
『総主教』は、「神の夫」とあってその継承方法が特殊で、現『総主教』が次『総主教』の血液を、次『総主教』が現『総主教』の血液を経口で摂取する必要があるのだ。
それを、前日の夜に秘密裏に行い、先に『総主教』として「神の夫」としての称号を継承している。
パーティーで行われる儀式は、総主教としての立場を受け継ぐのに相応しいと言えるだろう。
もちろん、アポロもそれを行った。
パーティーの前日、父親であるプレスの血液を一滴摂取し、自分の血液を摂取させた。
それにより、『総主教』としての特権───神の声が聞こえるというものは、アポロが継承したのだ。
───が、その夜に事件は起こった。
「───アポロお嬢様の姿が見当たりません!」
その異変に真っ先に気が付いたのは、当時から神父であったクルトン神父だ。
既に『総主教』として特権を手に入れたアポロの失踪。
それは、公にしてはならない一大事であった。
「どうするんだ!パーティーは明日に迫っているんだぞ!」
「そうは言われましても、見つけることができないのです!」
「アポロめ...逃げやがったな!特権を持ち逃げして!」
プレスは、逃げた長女に対して怒りをぶつける。これまで代々継いできた命よりも大切なものだ。
怒るのも仕方がないだろう。
「どうしますか!明日のパーティーの時間まで見つけられなければ、パーティーは失敗してしまいます!」
選択を迫られるプレス。これまでは、神に選択を委ねていたが今はその神を持ち逃げされている。
だからこそ、本来であればしないような突飛な判断を下してしまう。
「──明日のパーティーの時間までにアポロが見つからないのであれば、『総主教』は次女のウェヌスに継がせる」
そんなプレスの選択によって、平凡だが自由に暮らすはずだった次女のウェヌスが「神の声を聞こえている」と偽って生きる過酷な人生が幕を開ける。
そして、結局アポロは見つからずに、第62代『総主教』としてウェヌスが継ぐことが公に発表されたのだ。
神の声を聴けない状態で、あたかも神の声が聞こえているように振舞い、民を幸せに導かなければならない。
女性『総主教』という国民から批判的に見られる立場を、これまでの『総主教』とは違い神の声に頼らず行ったのだから彼女は評価されるべきだろう。
だが、協会内では裏で『顕現する神の食指』などと「神を偽り、物事を自分勝手に決めようとする」という意味を込めて揶揄されていた。
ウェヌスは、神の声が聞こえないながらも『総主教』として、宗教上のトップとして努力してきたのだ。
その積年の努力が、あの日夜逃げしたアポロ───神の声を占いに利用していた『水晶』に迫っていた。