空を揺蕩う金魚の襲来 その⑨
「───〈焔天の月〉!」
空中に打ちあがった智恵が、炎を纏わせた愛剣であるトリカブトで一閃を放ち、自爆寸前だった鯀の体を完全に崩壊させる。
鰭を全て切り取られ、浮袋のみで空中にいた災害金魚を一閃し、愛香のことを助け出した智恵であったが、智恵のスカイブーツは破壊されている。
再度、智恵は地面の方へと落下し───
「───うわぁ!」
空中で智恵の動きが止まる。落下していこうとする智恵のことをキャッチしたのは、この場で唯一機能するスカイブーツを持っている愛香であった。
「妾は今、物凄く腹が立っている。それだというのにこうして助けているのだから貴様は妾に感謝をするべきではないのか?妾の機嫌一つで、貴様を地面に叩きつけることだって可能なのだぞ?」
じゃんけんに負けて最初の戦いに参加できず、こうして参加してもトドメを智恵に盗られてしまった愛香は虫の居所が悪いようだった。
だが、愛香がじゃんけんで負けたのは愛香の運が悪かったのであって、智恵の責任ではない。
それに、智恵がトドメを刺していなければ、鯀は自爆して愛香は死亡していただろう。智恵は愛香の命の恩人のような気もするが、彼女の不機嫌は理論では覆せない。
「ごめんなさい。でも、トドメを刺さないと愛香が爆発に巻き込まれちゃってたし」
「妾が避けられないと思っているのか?おせっかいだ」
他の誰もが駆けつけられない空中で、智恵は愛香に肩に担がれた状態で2人は言葉を交わす。
表裏の差はあれど、栄のことを心の底から想う2人だ。
愛香は智恵を死ぬようなことがあれば栄が悲しむことを知っているし、智恵も愛香が栄を手に入れたいがために自分を殺すような卑怯な人間でないことを知っている。
愛香は正々堂々正面突破で智恵から栄を奪うことを目標としているし、智恵は愛香のその性質を理解している。
愛香の恋心は言葉にされていないしおくびにも出さないが、智恵は心のどこかで愛香の恋心を察知し、それを「恋心」とは別の言葉で置き換えて管理している。
恋愛問題が関わらなければ、「好敵手」として呼ばれるだろうが、色恋沙汰が関わってくるので智恵と愛香は「恋敵」になるだろう。
だが、何度も言うが智恵は愛香が栄のことを好いていることを感覚でぼんやりとしか理解できていない。
「──降りるぞ。地上に」
「火、消さないと」
「あれは放っておけ。どうせ魔法使いが消す」
智恵は愛香に担がれたまま、燃え広がる森林を見る。炎の海には、自分たちが鯀との戦場に来るまでに通って来た道がある。そこを辿って、商業都市アールの方を見てみるが、そっちには火災の被害が行ってないようだった。
「よかった、私達の勝利だよ」
智恵がそうやって、少し嬉しそうに語る。都市部に被害はない。
当初の目的である、商業都市アールを守る───という任務は達成されたのだった。
「───って、レベルが48に上がった」
智恵が、膨大な経験値を手に入れたことを察知して自分のレベルが48まで上がったことを自覚する。
「愛香は何になった?」
「妾も48だ。すぐに49になりそうだけどな」
───と、レベルが上がったという話をしているうちに、空に雨雲がかかって叩きつけるような強い雨が降り注いだ。
きっと、梨央や紬が雨を降らせて火を消そうと尽力してくれているのだろう。
「火災も防げそうだし、大爆発も避けられたしよかった」
「気楽だな。鯀との戦いが終わったということは、すぐにでも栄救出に動くことになる。明日か明後日にはパットゥへと出発になるだろう」
愛香の言葉に、智恵は静かに頷いた。その目には覚悟が映る。
予想されるのは過酷な道のりに、まだ出会っていない龍種や、『古龍の王』との戦闘だ。
これまでの冒険よりも、何倍も大変で危険が伴うものになるだろう。
「覚悟はできてるのか?」
「もちろん。どんな龍種が来たって討伐するし、鬼族が来たって倒すし、守人が来たって跳ね除けるし、魔人が来たって成敗するし、福者が来たって討ち滅ぼすし、天使が来たって追い出すよ」
「───すごい覚悟だな」
智恵が口にする鬼族はニーブル帝国の、守人はペラーシュ共和国の、魔神はパドゥ地下公国の、福者はウチョウ連邦の、そして天使は別世界からの脅威だ。
龍種と同じような圧倒的な強さを持つ彼らが全て襲い掛かって来たって、栄の為なら立ち向かう───そんな覚悟が智恵にはあった。
ちなみに、ニーブル帝国など他の国に移動したり天使侵攻の話を行うには、DLCを購入する必要があるので襲い掛かってくる心配はない。
───と、智恵達が地上に降り立つ頃には、もう既にほとんどのメンバーが回復を済ましていて、『剣聖』も意識を取り戻していた。
「2人共、すまない。迷惑をかけたようだね...」
「いえいえ...」
「全くだ!レベル99にもなって、まさか鯀を暴走させるとは、嘆かわしい!」
「本当に申し訳ないよ...」
鯀が暴走したことは他の皆にも言われたことなのか、『剣聖』は少し申し訳なさそうにそんなことを口にする。
「───はぁ、討伐する瞬間を見れなかったなんて、僕はなんて愚かなんだ...本当に嘆かわしい」
訂正する。
『剣聖』は、暴走した鯀を討伐する勇姿を見れていなかったのを後悔しているようで、暴走させたことはその次のようだった。
こうして、鯀討伐は森林が燃える程度の被害だけで終わり、終幕したのであった。
───『剣聖』・勇者連合軍vs災害金魚・鯀
勝者、『剣聖』・勇者連合軍