空を揺蕩う金魚の襲来 その⑦
智恵・愛香・梨花の3人の目の前に広がっていたのは阿鼻叫喚。
仲間である勇者一行が爆撃に敗れ、血を流して倒れている惨状がそこにはあった。
「どうしよう、このままじゃ!」
智恵は焦り、愛香は空を泳ぎ魚雷を陸の上に捨て、火の海を作り出している死にかけの鯀をその双眸で睨んでいる。
「───とりあえず、二手に分かれましょう!鯀を足止めしないと都市の方に火が回っちゃう!」
なんとか体勢を立て直そうと梨花は2人に指示をする。
「わ、わかった!」
智恵は焦りながらも、そのまま火の海となっている都市へと繋がる道の方へと駆け出していくが───
「待て。貴様、地上から鯀に攻撃ができると思っているのか?」
「いや、でも...」
「火の海に溺れても無駄死にだ。どうしてそれがわからない?」
「じゃあどうすれば!」
智恵が愛香に代案を求めると、愛香は海の方を向く。
「───海?」
「たわけ。海ではない、そこに転がっている死体の脚には何がついている?」
「あ、スカイブーツ...」
「ちょっと、まだ死んでないからそんな不謹慎なことは言わないで!」
梨花が、意識を失っている仲間を崖から離しながらそう口にする。そして、智恵にスカイブーツを渡そうとするが───
「───これ、壊れてる」
「え?」
「さっきの爆発のせいで壊れちゃってる!これじゃ、空も飛べないよ!」
そう口にして、意識を失っている仲間の履いているスカイブーツ。確認できたのは6足、その全てが壊れている。
「───って、6足?」
「あ!稜と『剣聖』がここにはいない!」
「そうだ、『剣聖』を安全なところに運んでたんだ!」
「あ、皆!さっきの爆発大丈夫だった?って、え...」
茂みから出てきた稜が見たのは、阿鼻叫喚。
意識を失っている仲間が倒れている姿がそこにはあった。
稜は、その目の前の現状に理解が追い付いていないのか目が泳いでしまっている。
「稜!」
「よかった、無事だったんだ!」
「これって...」
「鯀が自爆した。ここに倒れている人のスカイブーツは全部壊れている、動けるのは妾4人だけ。鯀は生きている」
愛香が、必要な要点だけをまとめて稜に説明する。目を泳がせてなんとか情報を把握しようとしていた稜だったが、自分の両頬を叩き、落ち着きを取り戻したようだった。
「───じゃあ、俺と『剣聖』のスカイブーツならまだ使えると思う。とりあえず1人はこれを履いてくれ」
稜はそう口にして、自分の履いていたスカイブーツを脱ぐ。そして、インベントリからここまで来るのに履いていた靴に履き替えた。
「智恵、貴様は稜の案内で『剣聖』のスカイブーツを履いてこい。梨花は回復用ポーションを倒れている奴らに飲ませろ。優先すべきは魔法使いだ。いいな?」
「わかった」
「了解」
愛香は端的に指示を出すと、すぐに駆け出し鯀の方へと迫っていった。
「それじゃ、智恵。付いてきて。『剣聖』はこっち」
稜は、すぐに踵を返して『剣聖』の場所を案内する。茂みに入って数十秒、大きな木にもたれかかるようにして『剣聖』は意識を失っていた。
稜は、『剣聖』からスカイブーツを取り出すとそれを智恵に渡す。
「ありがとう」
智恵は稜からスカイブーツを受け取り、それを履く。『剣聖』と足のサイズに差はありそうだが、智恵の脚に違和感はなかった。
この世界はゲームだ。「装備品」にわざわざサイズなど用意しないから、装備してしまえば変わらないのだろう。
「───ありがとう。それじゃ、私行くね」
「あぁ、頑張れ。無理すんなよ」
智恵はそう口にすると、木々に囲まれる中をスカイブーツで上昇していく。
「うわあああ、すごい」
智恵は足場もなく上昇していく感覚に驚きつつも、しっかりと機能購入した新たな愛剣「トリカブト」を手にする。
葉と葉の間を抜けた先には、もう死にかけの鯀と戦っている愛香の姿があった。
魚雷が落とされ、地上は赤色に覆いつくされているけれども、愛香はそれを気にしている様子はなく一心不乱に槍を振るっていた。
「愛香らしいな...」
智恵はその光景を見てそう口にしながら、慣れないながらにスカイブーツを動かす。
飛んでいる───というより、感覚としては浮遊が正しいだろうか。皆は乗りこなしていたけれど、智恵は怖くて空中で一回転なんかはできない。
上下左右・前後のセグウェイのような動きになっていて、あまりカッコよくはないけど仕方ない。
「───愛香!私も協力する!」
「遅いぞ、智恵!」
「ごめぇん!」
どれだけ速かろうが、愛香は「遅い」などと文句を口にするだろうから、智恵はそれほど気にしない。
どうやら、鯀は先程のように連続した何度も爆発を繰り返しているわけではないようだった。ガス欠だろうか。
───正確には、鯀が暴走して半永久的に爆発できていたのは、下腹部にあった特殊な器官のおかげだった。
それが暴発して、先程のような巨大な爆発を起こしたのだが、それによりその器官ごと吹き飛んでしまったのでもう半永久的な爆発ができないのだ。
普通の生物であれば撤退以外の選択肢が浮かばない状況でも尚、龍種である鯀は先へ進むことを選ぶ。
なんの理由もなく、先へ先へと泳ぎ続けるのだ。
そんな生物らしからぬ生物である鯀を止めるために、智恵と愛香は尽力する。
他の勇者を助けるためにも、その剣と槍を振るう。
「───〈陽光斬り〉!」
智恵の放った縦の一戦は、見事に鯀に激突し、愛剣トリカブトの華々しい初陣は開幕したのであった。