空を揺蕩う金魚の襲来 その⑥
「───〈超新星爆発〉!」
美玲が、飛来してくる氷塊に拳を激突させると、その衝撃は周囲にまで影響を及ぼす。
空気が震撼して、拳が衝突した1つの氷の礫だけではなく、周囲に浮かぶ数個の氷までもが同じように吹き飛ばされ、飛んでいく方向を変更し海の中へと落ちていく。
砕かれたのは美玲に当たった1つだけであったが、その氷はシャーベット状になるくらいに粉々になっている。美玲の持つその破壊力は、ゲームの中に相応しいものになってきているだろう。
純介は、美鈴が防御壁を担ってくれることを判断して、すぐに攻撃を再開する。純介が次に使用する攻撃は───
「───美沙!」
「〈絶対神の憤慨〉」
純介が指揮すると同時、鯀の上に産まれるのは濃縮された暗雲。
そして、その暗雲から超高威力の雷が落ちる。
「───ッ!」
蓮也の魔法により全身氷漬けにされていた鯀の体に落雷が直撃し、氷と電気を纏いながら体を震わせる。
「ダメージは?」
「大丈夫、入ってる。さっきの〈雷炎の楔〉で確認はできてる!」
雷属性の攻撃が通用することは、もう既に確認済みだ。
「美沙、MP回復用ポーションを飲んだらもう1発行ける?」
「う、うん...」
男性恐怖症に陥った美沙であり、それ以前から純介に理由のない恐怖心を覚えている美沙であったが、ここは生き残るために純介に従っている。
MP回復用ポーションを喉の奥に流し込んだ美沙は、再度魔法杖を手に取り、痺れている為か上手く爆発が機能していない鯀に対して再度〈絶対神の憤慨〉を放つ。
「〈絶対神の憤慨〉!」
雷鳴。
天を裂くように音が鳴り、空を穿つように閃光を放つ。
体を捻らせてなんとか回避を試みる鯀であったが、逃げることは不可能だ。
稲妻に当てられ、体に電撃が走る。それにより、体を爆発させる機能が一時的に機能を停止したのか、爆発できなくなる。
「よし、これで!」
「後は俺達に任せとけ!」
「くらえ、鯀!〈陽光斬り〉!」
「〈双頭斬り〉!」
「〈三日月斬り〉!」
「〈変容する魂の片鱗〉!」
「「───〈表裏一閃〉!!」
康太・健吾・の剣士2人組が、鯀に攻撃を畳掛ける。
「やっと僕の活躍だピョン!」
「アタシもやられっぱなしじゃいられない!」
そう口にして、重い斧を両手で握りスカイブーツで空中を踏みしめた後に、さらに高く飛んだのは斧使いの2人───『十戒破り』の宇佐美蒼と、『無事故無違反サイコパス』の細田歌穂。
「〈意志揺るがぬ魂の鼓動〉!」
「〈二度見する重力〉!」
2人の斧が、吸い込まれるようにして、鯀に当たる。
「ワタシだって負けてられないわ!」
「僕もだよ」
そう口にして、氷塊を飛んでこなくなったことを確認した美玲と、遠くに吹き飛ばされていた奏汰の2人も動き出し、一斉に攻撃を仕掛ける。
「「───〈覇拳〉!」」
強い衝撃が鯀の体に加わり、体の表面にまで付着していた氷が割れる。
『剣聖』の体で深手を負っていた鯀に、勇者一行が力を合わせて攻撃を重ねていく。
『剣聖』の放った〈剣の王〉は使用したら失神してしまうため、反動が大きすぎて誰かといない限り使用することは不可能だ。
だからこそ、『剣聖』は1人では鯀の討伐には動けなかった。こうして、勇者一行が商業都市アールにいて、共に戦えているのは運がよかったと言える───のではない。
第一、鯀が商業都市アールの方へ来ているのは、数日前に『無敗列伝』が商業都市アールに足を運んだからだ。その『無敗列伝』を連れてきたのは勇者一行なのだから、こうして『剣聖』と共闘しているのは「奇跡」という言葉で表現することはできない。
現在は、排出口が氷で塞がれているので魚雷は出てこないけれども、それの対処もあり『剣聖』は鯀との戦闘を孤軍奮闘することはできなかっただろう。
『剣聖』の攻撃力には敵わないけれども、こうして存在して『剣聖』が失神した後も戦いを続け、今にも勝利を掴みそうな勇者一行を見て、地上待機を余儀なくされる3人は心のどこかで安堵する。
「ここまで来たらもう勝てそうだね」
「そうね。今回は参戦できてない」
「ふん。妾抜きで戦いよって」
智恵・梨花・愛香の3人は、一方的に攻撃を続けている勇者一行を見てそんなことを口にする。
地上にいる魔法部隊・弓部隊も攻撃を行っているけれども、智恵達3人は近距離武器だ。
愛香の持っているのが弓とはいえ、ここから空に浮かぶ鯀を攻撃するのは難しい。
「───まぁまぁ、無理に戦わなくてもさ。安全な所にいる方がいいじゃ」
爆発。
視界が白く染まり耳が轟音に潰され、3人は迫りくる黒煙に飲み込まれる。
「何が」
呼吸をすると喉に煙が沁み、思わず咳きこんでしまう。
眼を開けることもできず、後方に下がることしかできない3人。
状況も理解できないまま、なんとかその煙を手を振ってどかし、新鮮な空気を確保する。
そして、数十秒が立ち煙が落ち着いたので目を開いてみると、戦場になっていた空には───
「───誰もいない」
そこには、先程戦っていた健吾や康太・美鈴達の姿も、敵として立ちはだかっていた鯀の姿もなかった。
───いや、他の皆の姿は見つけた。見つけてしまった。
「嘘...」
陸と空の狭間となっている崖の上。そこに倒れているのは16人のクラスメイト。
崖の近くで弓を引き、魔法を放っていた皆も、爆発に巻き込まれて倒れてしまったらしい。
「───鯀の自爆?」
「いや、鯀は生きている。妾達の後ろをな」
愛香の嘆息と言葉を聞き、智恵と梨花の2人は、急いで後ろを振り返る。そこにいたのは───
「なに、あれ...」
陸の上を泳ぎ、商業都市アールの方へと必死にボロボロの体を動かしている鯀。
肉がついているのは、背びれよりも前だけで、背びれより後ろは骨だけの状態になっていた。
氷は完全に融けてしまったようで、鯀は魚雷を投下して───
「うわぁ!」
───地面が揺れて、炎が躍る。
このままでは、商業都市アールが火の海に変わるのも時間の問題だ。
都市の命運は、智恵達に委ねられていた。