空を揺蕩う金魚の襲来 その②
無間に続くと錯覚する海の上空を優雅に泳ぐのは、1匹の巨大魚───鯀であった。
まだその全貌は見えていないが、遠くからでもこうしてハッキリとその姿が認識できるということは相当な大きさであることが間違いないだろう。
少し早く集合し、襲来に備えているためまだ鯀が来るまでには余裕がある。
だから、それまでに勇者一行と『剣聖』の21人は準備を行うのだ。
「───と、そうだ。皆に渡しておく必要があるんだった、これ」
そう口にして、『剣聖』がどこからともなく取り出したのは7足の靴。その空色をした靴は、紐の部分が天使の羽のような形に装飾されていた。
「これが、この前言ってたスカイブーツってやつ?」
「そう。これがスカイブーツ。履けば空を飛ぶことも可能。特に魔法を必要としないからかなり便利だよ」
『剣聖』は、生まれながらにして魔法を使えない体質だ。であるから、風魔法を応用して空を飛び空中戦───というのができないのだが、このスカイブーツを使用すれば空を飛ぶことができるのだ。
「まぁ、飛ぶ───っていうか、歩いたり浮遊したりって感じだけどね」
そう口にすると、もう既にスカイブーツを履いている『剣聖』が空へと一歩踏み出して歩いて見せる。
「ほら、こうやって何もないところに立てるし歩けるの。好きな高さに調整できるから操作性も問題ないよ」
そう口にすると、『剣聖』は空中を上下する。足を動かしている感じはしなかったので、本当に靴1つで浮いているのだ。靴をよく見てみると、天使の羽のような装飾になっている靴紐がパタパタと動いていた。
健吾達は、この靴がどういった原理で動いているのかは知らなかったけれども、ここはゲームの世界だ。
魔法も存在するし、通常の世界の条理で考えても埒が明かない。
「───んま、そもそも現実でもデスゲームが行われてるからもう何でもありなのは知ってるけどな」
健吾は、そんなことを口にする。人の創作物であるゲームの世界を理解できない以前に、デスゲームの参加者と言う現実の方が不条理で理不尽な部分が多い。
まだ、「ゲームの世界だ」という理由付けがされているこの世界の方が、寛容な部分があるだろう。
「───と、誰が履く?申し訳ないけど、全員分はないんだよね」
『剣聖』が用意しているのは、現在『剣聖』が履いているのを除いて7足。
まさか片足ずつ───だなんて危険で愚かなことはしないから、履けるのは7人だけだ。
「とりあえず、弓を使う美緒とか、魔法使いの純介とかは必要なさそうじゃない?」
「そうだな」
「僕たちは地上からでも攻撃できるもんね」
空中を移動できる───という利点を最も大きく受けることができるのは、近接攻撃の剣士や拳をメインに戦う人達だ。
そうなると、弓使いや魔法使いの美緒や梨央・紬に美沙・陽斗と蓮也・誠に純介・皇斗の9人には必要ないだろう。
9人を引いて候補に残るのは、11人。靴は7足なので、4人は靴が履けないことが確定している。
「どうする?」
「そうだ。稜って昨日剣を買ったんでしょ?」
「うん。そうだけど」
「それじゃ、私も大盾だからさ。攻守両方できる稜がスカイブーツを履いてよ。私は地上で何とかするから」
「了解。それじゃ、真胡はスカイブーツを履かなくてもいいんだね?」
「うん。地上は任せて」
真胡が辞退し、稜がスカイブーツを履くことを決定する。空中舞台にもガードを請け負う人は必要だろうから、誰も文句は言わなかった。
「───と、残り6足はじゃんけんで決めるか?」
「そうしましょう」
「それじゃ、じゃん勝ち6人が履くことにしよう」
「最初はグー、じゃんけんぽん!」
何個かのあいこの後に、6人が無事に選出される。
勝った順に、歌穂・蒼・美鈴・健吾・康太・奏汰の6人だ。
「負けた...」
「クソ。仕方ない、まさか妾が敗北するとはな」
スカイブーツを履けないのは、梨花・智恵・愛香の3人。
負けたのだから仕方ない。今回、この3人にはスカイブーツが支給されない。
───と、その逆に勝った6人と稜の計7人にはスカイブーツが渡される。
「お、すげぇ!本当に空中を歩ける!」
「なんだか変な感じね」
「てかこれ履いてたら落下死の心配がなくなるじゃん」
スカイブーツを履く7人は、思い思いの感想を口にする。
「ふん。ガキが玩具を渡されたかのようにはしゃぎやがって」
「まぁまぁ。私達はじゃんけんに負けちゃったんだから仕方ないよ」
腕を組み騒ぐ7人に文句を言うのを、智恵がなだめる。
「───と、もう結構近くにまで来ているようだ」
「あ、本当だ...」
先程までは陽光に反射していてその輪郭のみが見えていた状態だったが、スカイブーツを分配している間に、鯀はかなり近付いてきているようだった。
「───って、あれ」
鯀は金魚のような姿をしているけれども、その顔は巨大なビニール袋が引っかかっているのか見えていない。
「麒麟の仮面や、霊亀のラグビーのヘッドギアのような感じか...」
「驩兜もツタンカーメンマスクを付けて顔を隠していたが、まさかビニール袋だとはな」
ビニール袋で顔を覆いながらも、悠々と泳いでいる鯀。
「あのビニール袋を外すと鯀が暴走する。だから、外さない方針で行くよ」
『剣聖』がそう口にする。幸い、その超巨大な白いビニール袋は手持ちの部分が鰭に引っかかっているようでそう簡単には外れなさそうだった。
「───ゲーム運営は地球環境が破壊されていることに一矢報いたつもりなのか?くだらんな。妾はSDGsなぞに興味はない。貴様ら、妾にあの巨大魚のムニエルを提供しろ」
愛香はそう口にして、仁王立ちをしながら己の顔を扇で扇ぐ。
「───全く、偉そうに...」
皇斗はそう口にしながら、美緒と誠の2人と一緒に弓で鯀を狙う。
───この弓矢が放たれると同時、鯀との戦いは開始するのであった。





