再会・離別と邂逅と その⑨
武器商店『ARQETYPE』のオーナーである花武器鳥』ビアンカ・スコーピヌスの経歴は異質だ。
彼女は、オンヌ平原とイレンドゥ砂漠の境目にある集落に産まれて、二十歳となり成人するまでその集落で暮らす───はずだったのだが、人目に付きにくいという理由からイレンドゥ砂漠を活動拠点にしていた盗賊集団『ワルプルギスの黄昏』に誘拐されて奴隷として商業都市アールで売られてしまう。
余談だが、盗賊集団『ワルプルギスの黄昏』は、今から7年ほど前に『剣聖』によって壊滅させられた。
多くの団員は『剣聖』との最中に死亡し、残された団員も逮捕されて死ぬまで牢屋の中が確定している。
───と、早速話が横道に逸れてしまった。
話を戻そう。
ビアンカ・スコーピヌスは商業都市アールに奴隷として売られたことになり、彼女は買われた。
誰に?簡単だ。彼女の師となる男であり『我が刀匠』という二つ名を持つ前衛的な刀鍛冶───リンボ・ヘラクレスに、だ。
ビアンカ・スコーピヌスが現在、武器商店を営んでいるのも彼に買われたことに起因するだろう。
それが彼女にとって幸か不幸かはわからないが、少なくとも悪趣味な貴族に買われて性処理にのみ利用されて棄てられる───などと言った人生だけでなかっただけ彼女にとっては幸せだったのかもしれない。
さて、リンボ・ヘラクレスは前述したとおり前衛的な刀鍛冶であった。
その奇抜な作品にはごく少数の熱烈なファンが存在しており、刀鍛冶なのに個展を開きオークションを開くほどなのだが、そんな彼が個人で設けている師弟関係も他とは違う奇妙で奇天烈なものだった。
まず、彼に弟子入りするには、彼から「精神異常」だと認められなければならない。
リンボのような作品を作るためには、脳髄でものを考えているような常人じゃ駄目なのだ。その奇々怪々とした作品を作るためには、精神の異常をきたしている狂人でなければ駄目なのだ。
そして、一人前として認められる方法は、リンボの開く年1回の個展で1000万ベルグ以上の値段で購入してもらうことであった。
審査基準はあくまで自分ではなく大衆。それがリンボという狂った男の確かな審査基準だった。
───さて、そのビアンカが、一人前と認められるのにかかった時間がどれほどかと言うと3年である。
ビアンカの作成した「サザンカ」と呼ばれる剣が、審査基準の約6倍、5800万ベルグもの値段で買い取られたのだ。
刀鍛冶として生きる道が決まってからたった3年で一人前と認められた彼女のその才能は随一だったのだろう。
そうして一人前と認められた彼女は自らの店である『ARQETYPE』を持ち、そこで商売を始めたのだった。
***
「───明日までに私に見合った武器が欲しいんです。お願いします、何かありませんか?」
智恵は、ビアンカにお願いする。自らに見合った剣を所望し、『花武器鳥』ビアンカ・スコーピヌスにお願いする。
「───明日、まで。そうなると一から作るのは無理さね。既存の作品から良さそうなのを選んでみるさね」
「───探してくれるんですか?」
「もちろん。アナタは病んでいる。芸術的さね」
智恵にとっては意味不明な言動をするビアンカは、その病的な色をした唇を三日月のような形にして笑みを浮かべた。そして、「ついてきな」と言わんばかりに智恵に背を向けて歩いていった。
智恵が黙ってついていくと、そこには───
「───これ」
智恵が心のどこかで感じていた惹かれるような正体。
初めは、この店そのものに惹かれていたと思ったが違った。智恵は、今目の前にある一振りの剣に惹かれていたのだ。
「惚れた顔をしているね」
そう口にすると、ビアンカはその剣を刀掛けから外す。
見ると、至って平々凡々としたアヴァンギャルドの「ア」の字も感じられない至って普通の剣。
少し他と違うところがあるとすれば、剣の鍔が蝶のような形をしているところだろうか。
「持ってみるさね」
智恵はそう口にして、剣を握る。すると───
「───え」
「適合者さね」
智恵が剣を握ると、その剣からホログラムのように表示されるのは、毒々しい色をした蝶───いや、蛾のような紋様。
「適合者って...何があるんですか?」
「剣に魔法が通りやすくなるさね。魔法関連の剣術の攻撃力が2倍───ってところさね」
智恵が握った剣は、レベルに応じてバフがかかる特殊な剣であった。
智恵のレベルは丁度40なので、こうしてバフが発動したのだ。
「───この剣、欲しいです。お金ならあります」
「わかったさね。この剣は少し安くするね」
智恵は、言われた350ベルグを支払う。麒麟と霊亀の2体を討伐した智恵にとっては、然程高いものではなかった。
「───その剣の名前はトリカブト。まだまだ真価は発揮してないさね。その強さを見ればいいさね」
「ありがとうございます。頑張ります」
智恵はそう口にすると、受け取った鞘を腰にしまう。これまで装備していた国王陛下から支給された剣はインベントリの中へしまった。
「智恵、買い物終わった?」
「うん。稜達は?」
「俺はまだビビビってきたのがないから、違う店に行こうかなって」
「わかった」
───こうして、稜達は別の店に移動して、新たな武器を購入する。
───そして、明日へ備えて早めに宿に帰り、眠りにつくのであった。