再会・離別と邂逅と その③
「こ...れは...」
智恵達10人が霊亀討伐に動いた日の朝、『無敗列伝』は康太達の前から姿を消した。ただ、1枚の手紙を残して。
その手紙の中には、『無敗列伝』が自らが生き延びるために殺そうとしていた『顕現する神の食指』が第62代『総主教』としてドラコル教のトップに君臨している女傑、ウェヌス・クラバス・ホーキンスであるという旨が書かれていた。
「ウェヌスが、偽物の『総主教』?」
康太が覚えているウェヌスのその振る舞いは、『総主教』として誠実なものであった。
彼女の顔がたくさんの嘘で塗り固められていたことを覚えてはいるが、『総主教』であることは嘘じゃないように見えた。
「そんなウェヌスが偽物の『総主教』?」
ウェヌスは根っからの噓つきで、この世全てを敵に回す可能性が十分にある嘘をついて、己の権力を手に入れているのか、それとも何らかの理由があって『総主教』を騙っているのか、康太には皆目見当もつかない。
ただ一つ言えることとしては、『顕現する神の食指』の正体が第62代『総主教』ウェヌス・クラバス・ホーキンスであるということだけなのだ。
───と、その時。
「聞いたぞ。『無敗列伝』が行方を晦ませたとな。何があった?」
「愛香」
部屋にやってきた傲岸不遜な女史───森愛香に、康太は手紙の内容を話す。
だが愛香は、そんな言葉を無視して康太から手紙を奪い取り、それを読む。
「───まさか、『総主教』が『顕現する神の食指』だったとはな。『無敗列伝』も運がない。ドラコル王国の反対側まで来てその事実が判明したと言うのだから」
愛香達と『無敗列伝』が出会ったのは、ウェヌスが住んでいる宗教都市ムーヌでの出来事だ。
そこで、逃げ惑うようにして東へと進んできたのだから、『無敗列伝』にとっては大きな無駄足になったであろう。
が、彼の運が皆無なのはいつも通りだ。
旅路を急がずに今日の昼頃にでも出発していれば、康太達が今いる商業都市アールと最初の街プージョンを繋ぐ道を通ることができたと言うのに、まだ討伐は為されていないからそこを通ることもできない。
現在、『無敗列伝』は商業都市アールを出た冒険者を狙う盗賊に集団に運悪く襲われ、狡猾な技に悪戦苦闘しながら、もと来た道を戻ることになっている。
海を通るなら船を買い直すことになるだろうし、走るにしても砂浜は走りずらい。
「愛香。俺達はどうしたらいいと思う?」
「どうしたら───というのはどういう意味だ?」
「『無敗列伝』を追った方がいいのか。それとも、智恵達との合流を待つのか」
「おい、まさかお前この手紙を読んで『無敗列伝』を追おうとしているのか?」
「───どういうことだ?」
愛香に呆れたような顔をされて、康太はそれを睨み返してしまう。
「この手紙は見るからに絶縁状だろう?妾達を巻き込みたくないという理由のな。妾達───というか主に妾が『総主教』に対して不遜で不敬な態度をとったことの理由となろうとしている」
そう、手紙の書き方と康太が『総主教』の前でついた嘘を照らし合わせると客観的な視点で一つのこんなシナリオが露呈する。
最初から『無敗列伝』は勇者一行を何らかの理由で仲間に引き入れて、最初に勇者一行に『総主教』を殺すように指示をする。
だが、それが失敗してしまい『総主教』により追い回されて宗教都市ムーヌを追い出された挙句に出禁になってしまう。
だからこそ、彼らはその出禁を解除してもらうために驩兜という龍種の1体を討伐した。
そして、商業都市アールに行って『総主教』を殺す方法を聞き、一度目の作戦が失敗したために邪魔になった勇者一行をそのまま置いてけぼりにして自分だけで『総主教』を殺しに移動する。
そして、宗教都市ムーヌで『総主教』を殺害して、『無敗列伝』の野望は達成する。
以上の話は、後付けの事実と都合の良い情報の切り貼りが行われた客観的な事象の考察であるが、こんなシナリオで語り継がれることになるだろう。実際、『無敗列伝』は世間からこう思われることを想定しているはずだ。
『無敗列伝』からの手紙を読み、このシナリオの構築を一瞬で頭の中で浮かべた愛香は、それをため息をついた後に康太に説明する。
「───そのシナリオだと、確かに納得は行くな。そして、俺達も『無敗列伝』に騙された悲しき少年兵だということになる」
「あぁ、そうだ。小賢しいアイツは、自分だけが悪役になろうとしている」
悪役に最も遠い男───アルグレイブ・トゥーロードは、誰かを想うという最も人間らしい感情と、自分が生き残りたいという最も人間らしい感情を掛け合わせることで、最も自らに遠い悪になりきろうとしていた。
「ここは『無敗列伝』に好きにやらせてやろう。三行半を突き付けてきた野郎を相手にする必要はない。妾達は健吾達の到着を待ち、合流したらすぐにでも栄の救出に動くぞ」
「───わかった」
『無敗列伝』はNPCだ。そこに人間はいないし、生きているように振舞っているだけ。
───だが、共に過ごしたことには変わりない。
康太は、同じ時を過ごした最も人間らしい非人間───アルグレイブ・トゥーロードのことを心配してしまうのであった。
───物語は、何一つ不自由なくゲームのプログラム通りに進んでいる。
Q.どうして『無敗列伝』は宗教都市ムーヌに行く時に〈転送〉を使用しなかったの?
A.〈転送〉する場所を宗教都市ムーヌにある自宅から、商業都市アールに変えていたからです。どんな理由であれ『総主教』を殺したら、『無敗列伝』は指名手配になる。そうなると、宗教都市ムーヌからの脱出は難しいと考えて、商業都市アールに〈転送〉するポイントを変更していました。