陸塊の棲む頂へ その④
霊亀は、大地を司る、ドラコル王国内で最大の生物だ。
ドラコル神話の1章から登場する龍種。それぞれの龍種は、4章に詳しく記載されていた。
そして、その中の23節が最初に引用した一文である。
「───ッ!揺れる!」
「3人共、すぐにそこを離れて!」
霊亀の巨体が鳴動する。
攻撃したけれど傷一つ付かない頑丈な首がゆっくりと動かされ、健吾と智恵・蒼の3人は上昇していく感覚を覚えながら、指示役の奏汰の言葉を聞く。
「甲羅の上に逃げるピョン!」
蒼はそう口にすると、駆け上がるようにして霊亀の首を登っていき甲羅の方へと飛び移った。
「あ、置いていくなよ!」
「待ってよー!」
健吾と智恵の2人も、蒼と同じように首の上を駆けて甲羅の方へ移動した。
「おかえり、剣で攻撃しても駄目そうね」
「うん。物理演算エンジンも加味した攻撃だからそれなりのダメージがあるはずなのに効いてない...」
智恵と健吾の剣や蒼の斧は、霊亀の首を切り落とすどころか傷つけることすらできなかった。
麒麟の相手は大変だったが、その体にダメージを入れることはできた。
だが、霊亀はには硬すぎてダメージが入らないのだ。
「───霊亀が動き出したのも含めて、かなり厄介だな」
霊亀の頭が太陽の方へと伸ばされて、その超巨大な口を開けて大きく空気を吸い込む。
それにより霊亀の体が大きく振動して、上に乗る6人の体を揺らした。
呑気に欠伸をしているその姿を見ると、どうやら智恵達10人には一切気付いてない様子だった。
「警戒心がないのか?」
「いや、警戒しなくていいんだろう。これまで霊亀は、一度だって負けていない───いや、戦った実感だってないはずだ」
皇徒のそんな予測は、的中していた。
そう、これまで霊亀に挑んだ痴れ者はたくさんいるが、霊亀がこれまで「戦った」と自覚したことは一度だってない。
霊亀は龍種の中でも唯一と言ってもいいほどの温厚な性格であり、一度だって人間を食糧として見たことはないし、虐殺する対象としても認識していない。
ただ、霊亀が歩む先に人間がおり勝手に潰れているだけだ。
人間が足元にいる蟻に気付かないように、霊亀だって足元にいる人間になんか興味はない。
「───ってことは、私達に興味を示さないってこと?」
「なら、攻撃し放題だピョン!」
「───いや、そうでもなさそうだ」
奏汰は、霊亀の首の方を眺めながらそんなことを口にする。頭を持ち上げて、日光を浴びていた霊亀の口の周辺では、光が屈折してキラキラと輝いていた。
「これは───」
何だ。そう言おうとしたその時。遥か遠くの地上から、大きな声が響き渡る。
「皆、逃げて!」
そんな言葉と同時、屈折した光がトリガーとなり、霊亀の口から放たれた蜃気楼───もとい、辛気蠟は、爆炎を撒き散らしながら智恵達6人を飲み込んだのである。
───これが、霊亀が呼吸をするたびに体が振動する正体であり、唯一無二の巨大さを誇る霊亀の全身まで空気を回すための、霊亀だけが持つ方法であった。
***
地上にいる稜・純介・紬・梨央の4人が違和感に気が付いたのは、本来影ができるはずの霊亀の足元の一部分に光が当たっていたからだ。
どうして、そこだけが異様に光っているのか───そんな疑問を思い、太陽の方を見てみると、霊亀の口元がキラキラと光り、その口腔内には小さな太陽が───否、メラメラと燃え盛る炎が遠目ながらに見えた。
「純介。あの口の中って...」
「口の中───炎、だね」
「変な所が照らされているのがゲームのわかりやすさのための演出だとするのなら、純介はどう考える?あの炎は───「蜃気楼」」
純介と稜の意見が一致した時、口の中で燃え盛る炎が口の外に出て、それが蜃気楼を飲み込んだ時、稜は咄嗟に叫んだ。
「皆、逃げて!」
それなりに距離は離れているけれども、ここはゲームで現実ではない。
味方の声はすっかり聞き取りやすくなっているので、ある程度離れていても届けようと思った声であれば、届けることは難しくない。
───が、その忠告はあまりにも遅かった。
辛気蠟の正体は、霊亀の体内で生成させる酸素を運ぶのを助長する役割を持つ期待の蠟だ。
吐かれた息にも混ざり、陽光に当たることでその蠟が一気に燃え盛る───という、現実では想像もつかない理論が、ゲーム内では平然と行われている。
「───皆...」
蜃気楼は従来、寒い層と温かい層で光の屈折が起こり、遠くに映るものが逆さに見えたり伸びて見えたりする現象だ。
錯覚で表現すればいいものを、こうして爆撃に改変しているのも、霊亀の持つ残虐性の一部だろうか。
純介達4人は、攻撃の意思を持たず生命を続行させる活動だけで自分達を苦しめてくる霊亀に対して恐怖を覚える。
きっと、その左足を少し動かしただけで地面がひび割れ、純介達はその深い穴の中に落ちてしまうだろう。
───が、そんな恐怖は純介達を諦めさせる理由にはならない。
「大切なのは、あの炎を止めることだ。あの炎が太陽光が原因で出ているのだとしたら、太陽を無くせばいい」
「───はぁ!?」
純介の「太陽をなくす」という現実味のない発言に稜は驚きが隠せない。
「梨央。最近習得したAランク魔法ならできるでしょ」
「───うん。あれならいけるかも」
「え、嘘。梨央、太陽を無くせるの?」
「太陽をなくすっていうかまぁ、暗闇を作り出すってのが正しいかな。〈漆黒世界の黙示録〉」
それと同時、梨央の真上に漆黒の雲が伸びていき、空で破裂し拡散するように暗黒が広がっていったのだった。
これは、梨央がレベル27になった時に習得したAランクの闇魔法である。
───これにより、暗闇が作り出されたことによって辛気蠟による無差別爆撃は幕を閉じたのであった。
だが、この辛気蠟など霊亀を討伐するに当たっての序章に過ぎなかった。