旅路 その⑦
───翌日。
「んじゃ、世話になったな」
勇者一行は、目的地である商業都市アールに向かうため出発する。
『神速』の屋敷で過ごした約1日の中で『神速』による弓矢を使用した接近戦の対処法の伝授であったり、歌穂とパーノルドの2人のサイコパスキャラとしての確執や、真胡が余らせたデザートを巡っての美玲とエレーヌの因縁に加えて、『無敗列伝』と康太が不運にも風呂場で転倒して肉体と魂が入れ替わる・突如として発覚してしまう『神速』の妻同士の野望など、紆余曲折が起こりつつもなんとか全てを解決して、旅立つ。
「君達が来てからは本当に騒がしかった。もう来ないでくれ」
「もう来ないでくれって、あのなぁ...」
家に宿泊するように強制してきたのは『神速』の方だったのに、被害者面をする『神速』に対して文句を言おうとするけれども、様々な騒動を引き起こしたのは事実だから文句を言えずに口ごもってしまう『無敗列伝』。
「全くだよ。チエがいないなら紛らわしいから勇者を名乗らないでくれ」
「お前に関してはマジでワガママなだけだからな?勝負に負けたなら大人しくしてろ」
『神速』の自分勝手な部分を更に煮詰めたような性格をしているアレンの傲慢な言い分に『無敗列伝』は眉をひそめる。
一触即発の空気の中、アレンと『無敗列伝』の間に入るのは、康太とパーノルドの2人であった。
「まぁまぁ。喧嘩別れじゃなくてこのままありがとうで行きましょうよ」
「康太君の言う通りパス。『死に損ないの7人』に数えられる『無敗列伝』さんに喧嘩を売るのは得策じゃないパス」
───と、『無敗列伝』と『閃光』の間にもわだかまりが生まれそうだったが、なんとかギスギスした空気は避けられて勇者一行は『神速』の邸宅を後にする。
「あれだけ大きな家だったからか、食事も美味しかったしベッドもちゃんとフカフカだったな」
「そ、そうだね...」
「久々のベッドだった───というのもあったかもしれないな」
男子陣がそんなことを話している中、1人ボロボロになっているのは数十分前まで『神速』や『親の七陰り』と一緒に修行を行っていた誠であった。
「まさか、アイツラと一緒に修行をするとは思わなかったよ。智恵を狙ってるから、婉曲的に敵だろ?」
「敵かどうかはわからないけど、味方とも言いにくいわね...」
康太の「婉曲的に敵」という表現がいまいち飲み込めない歌穂は歩きながら、自分達と『親の七陰り』の関係性を考察する。
そんな中で、戦闘を歩く『無敗列伝』のすぐ後ろを歩く美玲は、隣を歩く愛香にこう話しかけた。
「『神速』の屋敷で、愛香静かじゃなかった?体調でも悪いの?」
「体調は悪くないが、気分は悪い」
「───もしかして」
「それ以上言うな」
「───ごめん」
『神速』を悪く言うわけでもなく、美玲に八つ当たりをするわけでもなく、ただ制止するだけの愛香は美玲にとっても珍しいものだった。
愛香を意気消沈させているのは、なんの抵抗もできずに『神速』によって左目を潰されたという事実だろう。
否定も罵詈雑言もしない深刻な表情をした愛香を見るのは初めてだったし、やり返そうとしなかった愛香を見るのも初めてだった。
「───妾は少し思い上がりすぎていたのかもしれない」
そんな言葉を口にする愛香に対し、美玲は「ワタシからしてみれば愛香も十分すごいよ」などと返す勇気はなかった。
反論が怖かったのではない。変な励ましをして、愛香のプライドを更に傷つけるのが怖かったのだ。
そんな愛香の呟きを耳にして沈黙を貫いたのは、美玲だけでなく耳をそばだてて聴いていた『無敗列伝』も同じであった。
***
「───さて、行ったね」
勇者一行の旅立ちをしっかりとその双眸で捉え、大きく息を吐いたのは『神速』であった。
「アレンを始めとする皆に聴きたい」
「師匠、どうかしたんですか?」
自分の一歩後ろに立つアレン達に対し、声だけを飛ばす『神速』。
「───近い将来、王国戦争が行われる。君達も、参加してくれないかい?」
「それって...」
「ドラコル王国に───いや、違う。この世の全てに宣戦布告を行う。世界征服のための戦争がしたい」
「「「───」」」
唐突に告げられる「王国戦争」への片道切符。
もしこの切符を受け取れば大罪を背負うことは逃れられず、この切符を受け取らなければ『神速』の屋敷を追われるのは確実だ。
「───世界が手に入るってことはチエも手に入りますか?」
「もちろんだよ。チエもチエ以外も、勝てばでなんだって手に入る」
「では、参加します。僕はチエだけが欲しい」
「───流石は、僕の一番弟子だ。傲慢なこと、この上ない」
智恵と一緒にいたいという己の欲望───否、純愛を口にするアレンに対し呆れつつも協力してくれる喜びや安堵を口にする『神速』。
「『閃光』さんが参加するなら俺様も参加するぜッ!世界と試合決定だぜぇ!」
「パースパスパス。世界中を実験室にしてやるパス」
「世界を敵にしたら、一体何人の男性が私を囲んでくれるだろうか。想像するだけで興奮するッ!」
「気持ち悪いんだよ、劣等人種。世界を殺してお前も殺す」
───リーダーであるアレンの参加が決定したことで、『親の七陰り』全員も王国戦争への参加が決定する。
次に、勇者一行と『神速』・『親の七陰り』が出会う時は、お互い敵として睨み合うことになるだろう。
『水晶』の言う「大きな戦い」───『神速』の言う王国戦争は、刻一刻と世界崩壊へのカウントダウンを進めていた。
そんなことも知らず、勇者一行は冒険の旅路を歩んでいくのであった。