旅路 その⑤
「全く、君達は本当に足が遅いね。前世はカタツムリだったの?」
そんな嫌味を口にして、やれやれと言わんばかりに両腕を顔の横に持ってきて首を横に振る『神速』。
勇者一行は、集落の中にあった『神速』の家の前に到着した。その屋敷は、黒の濃い茶色の木でできた屋根と、白く塗装された壁でできており、家のエントランスには重厚感のある大きな扉であった。
「───と、まぁいい。早く入ってくれ。君達に会いたい人がいるんだ」
『神速』が魔法を行使して解錠し、扉が開くと───
「チエーーーー!!!!会いたかったよぉぉぉ!!!」
そんな言葉と同時、『閃光』という二つ名に相応しいそのスピードで、屋敷の中を駆けてきたのは銀髪の男───アレン・ノブレス・ヴィンセントであった。
一目惚れし、智恵に異常なまでの執着を見せる残念イケメンの彼だが、康太達11人の顔を順繰りに見ていって───
「───誰?君達...」
智恵がいないことが発覚し、すぐに敵意を剥き出しにするアレン。
「そっちこそ、誰だ...」
「ここは僕が紹介しよう。僕の一番弟子で、つい先日龍種の1体である麒麟を討伐した英雄。『閃光』のアレン・ノブレス・ヴィンセントさ」
「「「アレン・ノブレス・ヴィンセント...」」」
勇者一行は、その聞き覚えのある名前を反芻する。
と行っても、その「龍種の1体である麒麟を討伐した英雄」という肩書きが付いていて、尚且つ「智恵」の名前を知っている以上、それがどこの馬の骨かはすぐに理解することができた。
その一方で、「勇者一行」を連れて帰ってきてくれると約束したのに、そこに智恵がいないことを確認し怒りを隠せないアレンは、こんなことを口にする。
「僕の智恵を...返せッ!」
勝手に、智恵がいると信じ込んだアレンは怒り狂い、それを『神速』が笑いながら見ている中で、なんとか康太達は弓を乱射するアレンの動きを止めて家の中に案内されたのであった───。
***
「───それで、状況をまとめる。俺達と智恵達は別行動であるから、俺達のところに智恵達はいない。理解したか?」
「全く、最悪だ。智恵がいると思ったのに...」
「残念だったな、『閃光』さんよぉ!ま、また旅をしていればどこかで会えるだろ!」
ソファの上で体育座りをして、わかりやすく落ち込んでいるアレンにそんな声をかけるのは、アレンと同じチーム───『親の七陰り』の1人だという、『暴若武人』という二つ名を持つ筋骨隆々とした橙色の髪を持つ男、タビオス・グレゴランスであった。
───現在、『神速』の屋敷には勇者一行だけでなく、『親の七陰り』のメンバーも全員来ているのだと言う。
麒麟を討伐したものの、智恵を手に入れることはできず仲間である『上弦』テヘラン・ソングバードと『下弦』ルリアナ・ソングバードの2人が逮捕されたことにより、『神速』の元で地獄のような修行を行うようにしていたようだった。
「折角、僕が修行を頑張ってるから師匠がご褒美としてチエを連れてきてくれるって言ったのに...」
そんなことを口にしながらしょげているアレン。『神速』は、智恵と出会ったこともないし顔も知らないから、勇者一行の中にいなくてもそれを判別することはできない。
「でもまぁ、チエさんがいたらアレンは修行なんかそっちのけでチエにアタックするからいなくてよかったと思うパス」
「チエを手に入れるための修行だから、チエが手に入ればしなくていいの」
正論を叩きつけるパーノルド・ステューシーと、言い訳をするアレン。
「───と、僕達は修行に戻ろうか。『無敗列伝』達は、僕の妻に家の案内を任せているから。もう少し待ってて。僕の居場所を聴かれたら、外で修行をしてる───って答えておいて」
「あぁ、わかった」
「またあの地獄のような訓練が待っているのか...興奮してきた」
「気持ち悪い。死ね」
そう口にして、修行を続行するために外に出ていく『親の七陰り』のメンバーだが、リーダーであるアレンはずっとソファの上で体育座りをしえ凹んでいた。
「───ほら、早く立て。行くぞ、アレン」
「───嫌。チエがいないから頑張れない」
「嫌じゃない。ほら、行くぞ」
そう口にして、片手で抱えられて『神速』に連れて行かれるアレン。アレンはもうすぐ三十路だと言うのに、その姿は子どものようだった。
「───なんだか、『神速』と『閃光』を見てると2人が師弟関係だってのがよくわかるな...」
「本当。2人ともワガママなところとかそっくり」
「あのワガママなところが可愛いんですよぉ...」
「───ッ!アナタは」
『神速』達が庭先へ出ていったのを見ながら康太や歌穂がそんな言葉を交わす中で、会話に乱入してくるのは1人の老婆。
「えぇと...『神速』のお母さんですか?」
「違いますよぉ、ワタシはカエサルの妻。キリエと申します...」
「「「───え...え?えぇぇぇぇぇ!?」」」
その老婆が『神速』の妻であることを知り、驚きが隠せない勇者一行。
───この後、すぐに判明したことだが、『神速』は自分よりも20歳以上年上の女性しか性的な対象として見れないらしく、『神速』に43人いる妻は全員60歳を超えているのだった。
『神速』の熟女趣味が判明した驚きが大きくて、その部屋から誠がいなくなっていることに気付くのは部屋に案内された時になるのであった。
***
「───って、どうしたの?僕達に付いてきて」
「お願いだ、『神速』。俺達が旅立つまでの間でいい。俺にも弓矢を教えてくれ」
『親の七陰り』が庭で行っている修行に割って入り、頭を下げてそうお願いする誠。
「別に僕は1人増えることに問題はないけれど...君は付いてこれるの?」
「付いて行く。それだけは確約しよう」
「───じゃあ、いいよ。参加してくれ。その代わり、命の保証は無いからね」
こうして、誠も『神速』と『親の七陰り』が行う修行に勇者一行の中から1人飛び入り参戦したのであった。