旅路 その④
「───『神速』」
『無敗列伝』が、目の前に現れたのその金髪の二つ名を口にする。
「久しぶりだね、『無敗列伝』」
左右に跪く集落の住人の間を通りながら、ジリジリと距離を詰めてくる『神速』。
勇者一行から3m程前で止まったところで、再度口を開く。
「───なんの用だ、『神速』」
「心配ご無用だ、『無敗列伝』。僕は君が嫌いだし君も僕が嫌いだけど、是非とも勇者一行を一目見たくてね。どうせすぐ死んじゃうだろうし」
「「───ッ!」」
康太達を侮り、傲慢を振りかざす壮年───『神速』に対して、康太達はいい印象を持っていない。
『無敗列伝』の事前情報に加えて実際に会った『神速』の態度を鑑みても、彼にいい印象を持てるような言動はなかった。
「───と、そうだ。折角なら、僕の屋敷に来る?泊まれるところ無さそうだしさ?」
「───お前のメリットはなんだ?」
「メリット?」
「あぁ、お前が嫌いな俺もいる勇者一行を屋敷に泊めさせるわけがない。何が目的だ」
「屋敷に泊まってくれるのなら教えてあげるよ。目的を」
「───ッチ。話にならないな。『無敗列伝』、退け」
「愛香」
埒が明かない『神速』カエサル・カントールとの会話に苛立ちを見せたのは、『高慢姫』愛香であった。
愛香は、槍を抜いて『神速』の方へと向ける。長槍ではあるが『神速』が3m程距離を取っていたため、その槍がぶつかることはない。
「───おっと、怒らせちゃったかな?」
「あぁ、貴様の声を聴いていると腹が立つ」
「あっそう。君には用はないから回れ右して崖から飛び降りて死んでよ」
「───最後の4文字、そっくりそのままお返ししよう。〈森梟の慧眼〉」
そんな言葉と同時、『神速』の心臓を中心に星型を描くように振るわれるのは愛香の握る槍。
他の人物が困惑している中で行われた愛香の攻撃だが───
「───随分と短絡的で暴力的で直情的だね。馬鹿の証明だ」
「───ッ!」
『神速』は、愛香が行った攻撃を全て受け流していた。背中に入った矢筒の中にある矢で。
「───は」
「僕は優しいから殺しはしない。でも、これは君の無知蒙昧が生み出した罰だ」
そんな言葉と同時、手の中にある矢をダーツのように投げて愛香の左目に的中させる。
「───ッ!」
愛香の左目は潰れて、その眼球の中から汁がこぼれる。
「目が……ッ!目がッ!」
愛香が左目から矢を外そうとしても、上手く外れない。目の奥のどこかに突っかかっているような感覚がする。
「愛香、大丈夫!?」
「うるさい、話しかけるな!」
美玲が心配する声をかけても、愛香がそれを反駁する。だけど、勇者一行は誰も全員愛香を攻めはしなかった。それは何故か。
人間の器官で最も重要で繊細な目を潰された愛香の顔には、焦りが映っていたからだ。
そもそも、愛香は「暗闇」が大の苦手なのだ。もし、盲目という永遠に暗闇に囚われる状態に陥ってしまったら愛香は狂って何もできなくなってしまうだろう。
───怖い。
愛香は焦る。なんとか、この矢を外さなければ。この矢さえ外せば、回復魔法を使用してなんとか回復させることができる。
「───おっと、一つ忠告だ。僕が今投げた矢は深く刺さっててね。変に刺激を加えると、君の脳みそをかき回すことになる。要するに、変に動かすと君は死ぬことになる。僕だったらそれを外せるけど、どうする?」
「───」
愛香は、『神速』に懇願することを拒む。『高慢姫』の二つ名を持つ愛香は、相手が世界一の傲慢である『神速』であろうと、頭を下げることを拒んでいるのだ。
───だからこそ、愛香は高飛車に命令する。
「わかった、交換条件だ。妾の瞳を回復させ、視力を元通りにしたら妾達11人は貴様の屋敷に寝泊まりしてやろう。これで貴様も文句はないだろう?」
「───小賢しい。でもいいよ、君達が屋敷に寝泊まりしてくれるって言うのならその条件を飲むさ」
そう口にすると、愛香に近付き愛香の眼球に突き刺さった矢を丁寧に抜いて、Aランクの回復魔法をかける。
「───治った...」
「よかったぁ...」
愛香の潰された左目は、しっかりと回復して世界を映す。どうやら、本当に回復したようだった。
「さ。これで、僕の屋敷まで着いてきてくれるんだろう?それなら、早く着いてきてくれ」
そう口にすると『神速』は踵を返し、跪いている人の上を通ってその場を移動した。
「───随分と面倒なことをしてくれたな。愛香さんよ」
「───すまん。反省している」
「ったく。アイツはマッジで何考えてるかわかんねぇから怖いんだよなぁ...今回だってなんで呼ばれたのかわからねぇ...」
愛香と『無敗列伝』が、そんな話をしている。愛香も目を潰されたことで、自分の行動が疎かだったと反省しているようだった。
「───『神速』に追いてかれちゃいますよ?」
1人早足で先を行く『神速』を見て、梨花がそんな声をかける。
「あぁ、そうだ。アイツ自己中だから俺達のこと気にせず全然先行するタイプだ。そして、遅いとグチグチ言ってくる。急ごう」
───こうして、勇者一行は『神速』の住む屋敷に一晩だけお邪魔させてもらうことになる。
屋敷で待っているのは、康太達にとっては初めての人物。康太達が出会うのは───。
本作に登場する『親の七陰り』の1人、エレーヌ・ダニエラ・レオミュールの過去を短編として出しています。
本編で触れるかはわかりませんが、時間があるかたはこちらもよろしくお願いします。
『モーニングルーティーンが理由で婚約破棄された貴族令嬢は、我が道を征く』
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