旅路 その③
驩兜の討伐から2日後。
そのニュースは、ドラコル王国全土───いや、その隣国であるニーブル帝国や周辺国家であるぺラーシュ共和国全土にまで広がっていた。
多くの島で構成されているぺラーシュ共和国にとって、ドラコル海に住む怪物───驩兜により被った被害は大きかったので今後は貿易も活発になるだろう。
龍種の一角である麒麟が討伐された5日後に、同じく龍種の驩兜が討伐されて世間に更なる激動が走る。
麒麟と驩兜の討伐は、それぞれ別の勇者の団体が行っており、内驩兜の討伐は『総主教』により「冒涜者」と認定された人物達であるとされた。
この功績により、驩兜の討伐が成された翌日、第62代『総主教』ウェヌス・クラバス・ホーキンスは勇者一行と『無敗列伝』が「冒涜者」であることを撤回し、11名による宗教都市ムーヌの立ち入り禁止を解除した。
世間は、2体の龍種討伐という有史以降誰も成し遂げなかった破天荒で前代未聞・古今未曾有で空前絶後の出来事で三日三晩祭りを繰り広げようとしているのだが、その当事者は何はしているのかと言うと───
「坂、長すぎ...」
「ほら、後ちょっとだ。登れ登れ!」
弱音を吐く梨花を鼓舞するように手を叩くのは驩兜を討伐した時と同じ軽鎧に身を包む『無敗列伝』。
現在、11人が歩いているのはナール海岸から絶崖アイントゥの崖上まで続く長く急な坂であった。
高低差70m以上もある坂を、かれこれ10分は登っている勇者一行の足取りには疲れが見えていた。
通常であればこんな坂、然程苦はなく登れるのだろうが、ここまで勇者一行は驩兜を討伐してからずっと海辺を歩き続けていた。
夜は野宿をしているが、フカフカのベッドではなく硬くて痛い岩窟の中で、魔獣を警戒しながら眠る必要があったので、1日の疲れが取れるわけではない。
だからこそ、こうして勇者一行は疲れた状態で絶崖アイントゥの近くにある集落まで向かっているのだ。
───と、絶崖アイントゥの話をする必要があるだろう。
絶崖アイントゥ。
ドラコル王国の東南に存在している海食崖であり、その断崖絶壁はドラコル王国内でも話題の観光名所となっている。
昔は、地域の伝統として成人した男は高さ70mを超える崖から飛び降りる───という通過儀礼が存在しており、今でも度胸試しとしてそこから飛び降りる男性が後を絶たない。
ちなみに、『無敗列伝』は見物に行ったら立っている足場が崩壊して、過去に3度絶崖アイントゥから落ちている。
また、絶崖アイントゥの近くの集落には一つの屋敷が存在しており、そこには『死に損ないの7人』の1人に数えられるこの世界で最も自己中心的な弓使い───『神速』カエサル・カントールが、43人の妻と一緒に暮らしていた。
「───って、この前話してくれた『神速』がいるのか」
「この前?何の話?」
「前に『死に損ないの7人』のことを『無敗列伝』が教えてくれたの。男子部屋───あれを男子部屋っていいのか?まぁ、ともかく男子陣しかいなかったよ」
「そうなの...」
美鈴に、男子陣は『死に損ないの7人』の説明を受けたことを説明する康太。
そんな話をしていると、ついに見えてきたのは坂の頂上。絶崖アイントゥ近くにある集落。
宗教都市ムーヌのように広大で緻密で繊細で荘厳な印象はないけれど、木造やレンガ造りの家が建っている変なところは無い集落であった。
「なんか、家を見るのが凄い久しぶりな気がする...」
「まぁ、船に乗ってから今日まで見てなかったからな。長く感じるのもおかしくない」
蓮也の言葉に誠が反応する。実際、宗教都市ムーヌを追い出された日に宿泊した宿が、最後の建造物であり、船の中にあるベッドが最後の寝台であった彼ら彼女らにとっては、集落は最高の場所であるだろう。
「とりあえず、どこか泊れそうな宿を探そう。『無敗列伝』もそれでいいよね?」
「幸い、驩兜を討伐したことでお金はたんまりある。だから宿に何泊しようが問題ねぇ───」
───と、『無敗列伝』がそんな言葉を言い終えようとしたその時。
「ねぇ!あそこにいるの勇者様じゃない!?」
「本当だ、勇者様だ!」
「それに、『無敗列伝』様もいるわよ!」
「まさか、驩兜を討伐した英雄に会えるとは!」
「「「勇者様ー!!!『無敗列伝』様ー!!!」
その言葉と同時、勇者一行の方へと迫ってくるのは集落に住む人達であった。
神話に名を刻むことが確定している勇者一行に出会えたことが相当嬉しいのか、集落の住人は一斉に勇者一行の方へと集まってくる。
「───なにこれ!?この人集り!」
「どうして妾がNPCなんぞの相手をしなければならない。退け」
康太が焦り、愛香がそんな集落の住人にそんな言葉をかけても、彼らはそんなことを聞き入れない。
ただ、11人の周りに集い「握手してください」だとか「話を聞かせてください」だとか「宿が安いですよ」だとか「結婚してください」だとかそんな言葉が飛んでくる。
「クソッ!疲れてるってのにこんなの全部対応してる暇ねぇぞ!」
『無敗列伝』が求められた握手に応えつつ、そんな発言をしたのとほぼ同時。
「退いて」
1つ。
声が発せられる。
すると、そんな言葉と同時に束になって押し寄せている人波が割れて、勇者一行までの道のりに花道を作るように、その男が進む道の左右に跪いた。
「お前は───」
「驩兜を倒したからって調子に乗るなよ?君は波を割ったらしいけど、僕は人波を割れる。要するに君は人並みなんだ」
「───『神速』」
勇者一行の目の前に現れたのは、『無敗列伝』と同じく『死に損ないの7人』の1人に数え上げられるレベル86の弓使い。
そこに存在するのは、この世で最も傲慢な男───『神速』カエサル・カントールであった。