旅路 その②
本日、長めです。
───夜。
細波の音が断続的に響き渡る砂浜近くの岩窟で、勇者一行の男子陣6人は潮風を浴びて、炎魔法で付けた焚き火で暖まりながら、海に落ちた際に着ていた装備品や衣服を乾かしていた。
ここには、十数個もの岩窟が連続して存在しており、その1個を男子陣が、また別のところを女子陣が使用して装備している衣服を乾かしている。
「───これ、服に染み付いた塩を落としてるのに、潮風を浴びせちゃ駄目じゃないですか?」
真胡がオズオズと焚き火の近くに丁度いい岩に座っている『無敗列伝』にそう問いかける。潮風によって焚き火の火が揺れ動く中で、『無敗列伝』は焼いた肉を食べながら「仕方ないだろ」などと口にする。
「お前らは冒険するために服を色々と持ってるらしいけど、俺は外を歩いてるところを巻き込まれたんだ。こうして服があっただけでも運が良かったぜ」
そう、『無敗列伝』は標準装備と引きこもるための買い出しを行っていた時に勇者達と出会い、『総主教』とのイザコザに巻き込まれたのだ。買い出しの時に、新たな衣服を買っていなければ今頃着るものは無かっただろう。
「───んま、いい。こうしてなんとか驩兜に勝利して『死に損ないの7人』に返り咲くことができたんだからな」
「そうだ。質問なんだけどさ、『死に損ないの7人』って他に誰がいるんだ?」
すっかり『無敗列伝』と仲良くなったのか、康太は敬語を使わずに話しかける。
「───と、そうか。お前らは異世界から来たから『死に損ないの7人』のメンバーを知らないのか。しょうがねぇ、じゃあ『死に損ないの7人』の1人である俺が直々に教えてやる!」
そう口にして、ガバリと『無敗列伝』はドヤ顔をしながらその場に立ち上がり、岩窟の壁に頭を打つ。
「痛ゥ...」
「勢いよく立ち上がるから...」
不運な『無敗列伝』に襲い掛かるくだらない不運。頭を抱えながらその場に屈んで1分程経つと、静かに先程まで進んでいたところに再度腰を下ろして、何もなかったかのように話を始める。
「『死に損ないの7人』。まず最初が、俺だ。お前らは俺のことを『無敗列伝』って呼ぶけど、それは一応二つ名であって本名じゃない。俺の本名はアルグレイブ・トゥーロードだ」
「『無敗列伝』以外のことが知りたい」
「俺もだ...」
「んな、お前ら失礼なッ!自分で言うのもアレだが、結構強いんだからなッ!」
「ドラコル王国1位?」
「ドラコル王国1位───では...ない...」
威勢よく声を張り上げていたはずだが、自らが「ドラコル王国1位」ではないのを自覚しているので声が小さくなっていく。
「それは誰なんですか?」
「剣の分野と魔法の分野で、俺より強いのは1つずつ。まずは剣の分野の最強から。その二つ名は『剣聖』。現在、34代目『剣聖』のその男の名は、 マルクス・シュライデン。生まれつき魔法が使えないものの、剣における天賦の才を持つレベル99の怪物だ」
『剣聖』という二つ名は、代々引き継がれているものであり、マルクス・シュライデンはその34代目である。そして、マルクスはレベル99───即ちマックスまで上げているのである。紛れもなく、彼は最強でありこの国の英雄である。
「それで、魔法の分野の最強は今はもう90を超えるのにバリバリ現役の化け物ジジイ。二つ名は『魔帝』。現在、12代目のあのジジイの名は、グエス・シャガール。この世にある全ての魔法が使えるとされる、エットゥ大山脈のどこかに住んでる老人だ」
「───ジジイって、嫌いなんですか?」
「嫌い?そんな甘っちょろいもんじゃない。俺はアイツは大嫌いだよ。考えただけで反吐が出る。反吐が出るのに殺せる程の実力がねぇのがまた嫌になる...」
そう口にして、頭を抱える『無敗列伝』。これまでの人生で、『魔帝』グエスにどれだけの嫌がらせを受けたかは知らないけれど、その表情を見るにかなりのストレスをかけられてきたようだった。
「───んで、次がお前らもご存知『古龍の王』だな。最近4代目に代替わりしたらしいが、俺は戦ってないし出会ってもない。だがまぁ、龍種を仕切る奴だ。人類の敵なのは間違いない」
「プラム姫も誘拐してますしね...」
「お前ら勇者の目的はプラム姫の救出だもんな」
「『無敗列伝』が参加してくれるなら百人力だ。頼りにしてるぞ」
「───は?俺、参加するの?」
「え、してくれないの?姫であるプラム姫を救おうとしないの?」
「あぁ、クソ!そう言われると参加せざるを得ないじゃねぇか!」
頭をグシャグシャと掻きながら、そう口にする『無敗列伝』。こうして、彼も未来に行われる『古龍の王』とのプラム姫を賭けた戦い───きっと、「大きな戦い」になるであろう戦いへの参戦が確定する。
───いや、きっと『水晶』に予言された時点で、彼が「大きな戦い」に参加するのは確定事項だったのだろう。
「───と、5人目は最近『死に損ないの7人』に入った占い師の女。二つ名は『水晶』で、本名は──」
「───『無敗列伝』?」
『水晶』の本名を言おうとしたところで、『無敗列伝』が考える人のようなポーズを取る。
「───知らねぇな。『水晶』の本名、聴いたことがねぇ」
「え、知らないの?」
「あぁ、『水晶』ってだけで伝わるからな。百発百中の占い師で、俺もソイツに占ってもらって『顕現する神の食指』を殺さなきゃ死ぬって予言された」
「それで『顕現する神の食指』を探していたのか...」
これまで黙って聞いていた誠が、『無敗列伝』のその話を聞いて、どこか納得したような表情を見せる。
「んま、『水晶』は占い師であって戦闘をするような奴じゃない。それに、宗教都市ムーヌを拠点に活動してるからお前らは会うことがないだろうよ。冒涜者だからな」
「悪かったって」
康太は、『無敗列伝』に対して両手を合わせて謝罪をする。『無敗列伝』は、そんな康太の方を一切水に会話を続ける。
「───んでだ。わからない繋がりで、6人目は『羅刹女』だ。女ってことはわかってるが、その本名も年齢も正体も住所も不明。商業都市アールで『羅刹女』の情報は買えるが、その情報を知った人は全て跡形もなく消されていることが購入履歴と照らし合わせてわかっている。要するに、ドラコル王国の禁忌のような存在だ」
「『羅刹女』...そんなにヤバい奴なのか」
「あぁ、もしその正体を知っちまったら『剣聖』だって相手にできないだろうし、龍種だろうと殺されるかもしれねぇな」
そんな、規格外の強さを持つ『羅刹女』の正体を、康太達は知る由もない。
それ以上話すこともないので、『無敗列伝』は、『死に損ないの7人』の最後の一人の話をする。
「最後の1人は『神速』の二つ名を持つ、狡猾で悪辣で自分勝手な弓使い。カエサル・カントールだ。超が付くほどの自己中で、町中に美女がいたら、その美女に夫がいたとしても美女を自分の妻にしようとするクソ野郎だ。欲しいものの為にその強さを恣にしてるし、普通に妻が43人いるらしいから嫌いだね」
「妻が43人...」
一体、どれだけの男が嫁を奪われたのか───と康太は考えてしまうが、考えても嫌な気分になるだけなので、すぐにそんな思考を捨てる。
「『魔帝』に『神速』って、結構嫌いな人多いんですね」
「まぁな。『死に損ないの7人』で、そこまで仲が良いってのは無いだろうな。『剣聖』は強すぎて疎まれてるのに気付いてないのか、俺達と仲良いと思ってグイグイ来るけど」
そうやって、『死に損ないの7人』のことを語っては海の上に浮かぶ満天の星空を見ながら、夜を過ごしていた。
───海風は焚き火の炎を揺らし、波音は驩兜が死んだ今でも一定のリズムを刻む。
───決して広くはない岩窟で濡れた衣服や装備を夜風に当てながら、勇者一行は疲れに身を埋めたのであった。
お互いの下着が干されているので、本日は女性陣の登場は無しです。
むさ苦しい岩窟だな、おい。