海を走る者、海を壊す者 その⑫
暴走状態に陥った驩兜により、海に落とされた勇者一行。
目の前にいる怪物はあまりに強力で強大で強靭で凶暴で狂乱なのだが、それでも勇者一行は一向に諦める素振りを見せない。
ウジェーヌ・ドラクロワが制作した傑作『民衆を導く自由の女神』や、それを元に作られた彫刻の自由の女神像と呼ばれるアメリカという大国のシンボルを彷彿とさせる、まさしく「自由」を掲げた芸術作品のような美しさを、その肉体1つで表現した『高慢姫』森愛香を中心に集まり、身動きの取りづらい水中で、なんとか驩兜を倒そうと試みる勇者一行。
もちろん、水の中で言葉を発せられないため詳しい指示はできなくとも、各々がその生存本能と思いやりの心を持ち、このドラコル王国の中で誰よりも傲慢で、誰よりも自由で、誰よりも高潔な愛香を支えようと動き出す。
愛香は、背中から槍を引き抜き、驩兜に向けてその穂を真っ直ぐに向ける。
もし、驩兜を倒すとするのであれば、強力な一撃を叩きつける必要があるだろう。
強力な一撃───と言えば、『無敗列伝』が可能な〈絡繰仕掛けの白銀世界〉と〈機械仕掛けの暗黒世界〉の2つが候補にあがるけれども、悲しいことにここは水中。
ここが地上ならまだしも、海中であるのでその水圧が余分にかかり、先程のような圧倒的な力は出すことができない。
そうなると、愛香の槍に攻撃を託してしまったほうがいいのだ。
それに、愛香だってそれを望んでいるだろう。強力な一撃を放つのは、愛香に任せることにする。
───が、そんな強力な一撃を放つためにも前準備は必要だ。
人間である以上、勇者一行だって酸素を吸う必要があり、エラ呼吸を習得してるような人物はいないので、後1分もせずに窒息してしまうだろう。
そして、海と同化した驩兜がここまで苦しめた勇者一行を逃すわけがないので、きっと空気を吸いに行こうとしても水面の外に出ることはないだろう。
───酸素の量からしても準備の時間からしても、放つことが可能なのは一回のみ。
(ミスはできねぇな...最後の一回、最大火力だ)
『無敗列伝』は、心の底でそんなことを思う。
今、驩兜に攻撃するために必要なのは大きく分けて3つ。
いかなるシナジーをも利用し愛香の攻撃力を上げること、邪魔をしてくる海をなんとかどかして愛香の攻撃力を減らさずに驩兜に当てること、愛香の攻撃を止めようと画策する驩兜とデンキクラゲをなんとかすること。
意思疎通ができれば楽だっただろうが、ここは水中。何度も言うが、喋れるような状況ではない。
そんな中でも、愛香は攻撃を行うために溜め始める。
槍を回転させて、水中ながらにパワーを溜めている愛香。これに、威力を足していかなければ、驩兜のテリトリーである水中では、絶対に勝つことができないだろう。
───と、その時。
(……!)
そこに映るのは、水中で渦を巻くように進んでくる海水。まるで台風のようにして接近してくる、触れては骨が惚れてしまうのであろう海水が、愛香の方へ襲うのだった。
(マズいッ!)
『無敗列伝』がなんとかしようと体を藻掻かせるも、驩兜も『無敗列伝』のことを愛香と同じように危険視しているのか、海水に足を取られて上手く動かすことができない。このまま、愛香にぶつかり攻撃がキャンセルされてしまう───
───と、思ったが。
(させるものですかッ!)
口から大きく泡を吐き出しながらも、その腕を振るって攻撃を受け止めるのは美玲であった。
彼女も、愛香に最後の一撃を保つ手助けをしてくれているのだ。勇者一行にも、作戦はある程度理解してくれているのだ。
(……ッ!)
無論、触れれば腕が壊れかねない攻撃なのだから、美玲の腕はボロボロになるだろう。
だが、それでも美玲は渦巻く水を受け止めて、逆にそれを愛香の槍に付与してする。
(相手の攻撃を利用し、こちらの攻撃力を上げた!)
───と、『無敗列伝』がその攻撃を理解したと同時、すぐそこまで接近してきていたのは大量のデンキクラゲであった。
(───ッ!この量って、マジかよッ!)
ここは水中。電撃が放たれれば、全身が焼かれるのは間違いない。そして、愛香の槍に電撃を纏わせることは不可能だ。電気が放たれれば、感電は間違いなし───
〈電撃吸収〉
(真胡!)
電気が放たれれば全滅の可能性もあったが、大盾を持った真胡が〈電撃吸収〉を使用したため、デンキクラゲの無力化に成功させる。
「───行ける!」
水中で、力を溜めた愛香がそう口にする。泡が出るだけで、その発言は聴き取れなかったが、意図は理解できた。『無敗列伝』と同じように、その意図を理解した魔法使い3人衆は───
〈台風の瞳〉
〈二人羽織の稲光〉
〈深淵の迷宮〉
各々が、槍に魔法を纏わせて、槍の攻撃力を最大限まで強化する。きっと、3人だって氷の大地を維持するのに魔力をかなり使っていただろうに、火事場の馬鹿力だろうか。
そんな中、愛香の後方に立つ歌穂がその斧のヘッドを横にして、そのまま愛香がそのヘッドを蹴り飛ばし、壁を蹴ってスピードを付ける。
───こうして、色々なパワーを溜めたけれども驩兜までの距離は10m程。
そこまで水があれば、威力は半減してしまうだろう。
これからは、それをどうにか避けるための戦いだ。
〈双頭斬り〉
〈三日月斬り〉
梨花と康太の2人が、突き進む愛香に対して渦を巻き攻撃しようとする水を、なんとか食い止める。
まだ、愛香の推進力は保てている。が───
(───進行方向に一体、デンキクラゲが!)
たかが一体、されど一体だ。
水中のデンキクラゲは、電撃が放出されるとかなり広範囲まで影響が与える。最悪、攻撃の全てが1体のデンキクラゲに吸われてしまう可能性だってある。
〈水進矢〉
───と、突き進む愛香に割り込むようにしてデンキクラゲを的確に射抜いたのは、誠の放った矢。
これにて、愛香の進む道を邪魔するものは水以外無くなった。だが、この何もしてこない普通の水こそが力を分散させる危険分子。
(最後の最後で何もしねぇのは、流石にダサいかな)
そう心に思い、『無敗列伝』は剣を握る。居合は放て無いが、剣を振るうことは可能だった。
だから───
〈絶断〉
ヘブライ人が出エジプトをする際、モーセが海を2つに割った───という話は有名だが、その時は海を縦に割ったのだろう。
だが、『無敗列伝』は海を横に割った。
水と水の間に剣を振るうことで真空の隙間を作り、そこに吸い込まれるようにして、愛香は入っていく。
真空に吸い込まれるスピードがプラスされ、海を割ったから水に妨害されることもなく愛香は驩兜へと、最初で最後の一撃を放つ。
「───〈神をも殺す橘色の真槍〉」
愛香の放つ槍が、驩兜の体を穿つ。
その巨体に相応しい、大きな穴を開けて最後の心臓をも的確に破壊する。
そして、その反動により大きな波が押し寄せて、勇者達11人をナール海岸の砂浜に運んだ。
───これにて『海の民』驩兜との勝負は、勇者一行の勝利という形で幕を閉じたのであった。