Dracol Genesis その⑧
「『顕現する神の食指』という人物を探すのに協力しろ」
宗教都市ムーヌを南から出て、ナール海岸の砂浜を少し東に進んだところにある村で寝泊まりすることになった、ドラコル教の冒涜者である勇者達と『無敗列伝』の合計11人。
『総主教』の怒りを買い、宗教都市ムーヌを追い出されても「勇者であるから」という理由で、無料で宿に宿泊できる康太達と、「勇者じゃないから」という理由で宿に正規の値段を払って寝泊まりすることになった、小さな不幸を積み重ねる運のない人物───『無敗列伝』アルグレイブ・トゥーロードは、一つの部屋に集まって、そんな話をしていた。
「『顕現する神の食指』...どんな人物ですか?」
康太は、『無敗列伝』の口にするその二つ名をしっかりと咀嚼してから、どのような人物かを聴く。
「それはわからない。だから、探してる」
「わからないって...異世界から転移してきた俺達が、アナタより知ってるわけないですよ」
康太が、『無敗列伝』の方へ抗議するように口にしたので、他の皆も小さく頷く。
こうして、『無敗列伝』が康太達に『顕現する神の食指』の捜索を依頼───もとい、命令しているのは、『総主教』達ドラコル教の一派から康太達が宗教都市ムーヌを生きて脱出するのに、『無敗列伝』は協力した───否、それはあまりにキレイな言い方だ、協力させられたのだ。
康太の策略により、ただ歩いていただけなのに『無敗列伝』は「冒涜者」というレッテルを貼られて、ドラコル教を敵に回すことになった。ただでさえ、先日『死に損ないの6人』のメンバーを降板して肩身が狭くなったばかりなのに、更にこんなことがあってはもう世間に顔向けできない。
「──って、『死に損ないの6人』の中に『顕現する神の食指』はいないんですか?」
「いねぇな。もしかして、『死に損ないの6人』の二つ名を聴いたことがない?」
「まぁ、はい。異世界から来たもので」
「そうかよ...知らないでいて、俺を巻き込んだのか?」
「ウェヌスが動揺してたから強いのかなって思って」
「全く、最ッ高に最悪だぜ、お前...」
康太は、『無敗列伝』に睨まれるけれども気にしない。こうして、誰一人として欠けずに生きて逃げ延びたのも『無敗列伝』がいてくれたおかげなのだ。
「感謝してますよ、俺は」
「やめろやめろ、その言い方。俺が悪者みたいになる」
「───と、まぁ要するに俺達は『顕現する神の食指』の捜索に協力すればいいんだな?」
「あぁ、そうだ。お前らの旅に同行させてもらう。行く先々で、『顕現する神の食指』の捜索を手伝ってもらうからな」
「1人じゃできないの?」
「この恩知らずめ。人探しってのは、人脈なんだよ。人が1人でも多いほうが見つかる確率はグンッと上がる。まぁ、手がかりとしては1つあるんだけどな」
「───誰か目星が付いているのか?」
「不正解だ。『顕現する神の食指』が誰か───という情報を買いに行く」
『無敗列伝』は、「手がかり」として情報の購入を挙げる。だが、一体どこで買えるのか。
そんな質問をするよりも先に、『無敗列伝』はその口を開く。
「商業都市アール。ドラコル王国の東に位置する巨大な都市だ。そこでは、パンから高級ステーキまで。路傍の石からダイヤまで、魔獣から人間まで。形あるものから形ないものまで。好きな人の好きな人の情報から、隣国の国家機密まで。森羅万象の有象無象や有形無形がなんだって購入することができないものはない。熱望が、欲望が、待望が、希望が、絶望が───要するに、この全ての望があるから『全望の街』とも呼ばれてる。俺は、そこで『顕現する神の食指』の情報を買いたい」
『無敗列伝』は、奇しくも康太達が目指すべく地点である商業都市アールの名前を出す。
目指すべき地点は、どうやら一緒らしい。それなら、元『死に損ないの6人』であり、現在もレベル84と言うドラコル王国内7位の『無敗列伝』に同行してもらった方が得だろう。
「実を言うと、俺達の目的地───勇者一行の片翼との合流地点はそこ商業都市アールです。だから、そこまで同行するのは賛成するし協力します」
「当たり前だ。お前らは俺に協力する義務がある。いや、マジで」
『無敗列伝』は大きく腕を組み、そんなことを口にする。こうして、康太達の旅の仲間に『無敗列伝』アルグレイブ・トゥーロードの参加が決定した。
と、その時愛香がスラッと長くて細くて美しい手を挙げる。
「───どうした?何か質問か?」
「あぁ、そうだ。その商業都市アールでは、本当にこの世全ての情報が買えるのか?」
「そう謳われている。商業都市アールにとっちゃ、お前だって立派な商品だぜ?その声も身体も称号も。記憶や呼気だって金になる」
「───随分と、気持ち悪い街だな。と、その街では栄の───妾達がこの国の中で探している1人の男の情報も知ることはできるか?」
『無敗列伝』が『顕現する神の食指』の情報を買うと聴いた愛香は、商業都市アールで栄の情報も買えるのではないかと踏んだ。そこで情報が買えるのであれば、栄の救出に大きく進展ができることとなる。
「できるんじゃねぇのか?この世界に存在する情報なら大金を払えば買える。ボーイフレンドでも探してるのか?」
「ボーイフレンドではない」
「じゃあなんだ?」
「───ただの、戦友だ」
『無敗列伝』の茶化しているわけでもない純朴な疑問に、愛香は表情を一切変えずにそう答える。
愛香の、栄へ対する好意がその発言からは漏れていなかったし、実際愛香にとっても栄が「戦友」であることは、「占有」したい人であることは事実であった。