Dracol Genesis その④
言い合い、睨み合い、化かし合う愛香と『総主教』の2人のせいで、大聖堂内には一触即発の不穏なムードが流れていた。
このまま愛香に話の主導権を握らせると、『総主教』と不和が生まれたままで終わってしまう。
だからこそ、軋轢を生じさせないためにも美玲は愛香を制止しようと口を開く。
「『総主教』様。愛香の非礼を謝罪します。彼女はただ我が強く傲慢なだけです。どうか、私達の傲慢と非礼をお赦しください」
この状況、立ち上がって『総主教』の前に移動して、跪いてそう謝罪できる美玲は中々の逸材だろう。
康太など他の者は、謝罪することまでは思いついてもこうして跪こうなどとは思わなかったし、もし仮に思いついていたとしても、それを実行に移そうとはしなかっただろう。
「───こちらも、熱くなってしまっていることを重々承知しています。その上で、ワタシはアイカさん?のことを必要としているのです。立場を見ずにズケズケ言う、その力強い姿を見て、さらに仲間にしたいと思いました」
「───ッ」
美玲の謝罪により、愛香が黙秘していた彼女の名前がウェヌスに理解されてしまい、それでいて彼女は諦める姿勢を見せていなかった。
そこまで、三苗と互角と戦い、近い将来互角以上に戦えるようになるであろう愛香に才能を見出しているのか。
美玲の謝罪には一瞥しかくれずに、ウェヌスは愛香の方を見る。愛香は、その発言に舌打ちをして露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
「アイカさん。ワタシ達に協力してください。お金ならいくらでも払いますし、欲しい物はなんだって用意しましょう」
『総主教』であるウェヌスであれば、愛香が望むものは容易に用意できてしまうだろう。莫大なお金だろうと、この世界での地位や名声であろうと、用意されるのは一瞬であることは火を見るよりも明らかだった。
ここで、何を頼んでもウェヌスはどんな手を使ってでも用意するのは確かだ。
であるからこそ、愛香はこんなお願いをしてみる。
「───ならば、貴様の『総主教』という立場を妾に譲れ。その後に、ドラコル王国の国王をお前がその手で直々に殺しに行き、この国を妾の独裁国家に変えよ」
「愛香!?」
「いいでしょう。アナタに、『総主教』という立場を譲ります。そして、ワタシがこの手で国王陛下を殺す。それで満足ですか?」
「───」
ここは交渉の場であって、それを実際にする場ではない。
愛香は、ウェヌスに「いいえ」と言わせるつもりであったのだが、こう強気に来られてしまっては、否定することができない。
できるできないはともかく、できるように演じている以上、愛香よりもウェヌスの方が一枚上手だろう。
「その代わり、ワタシの『総主教』を引き継ぐということは、ワタシの仕事をそのまま引き継ぐと言う事。色々と、この国の闇を見せることになってしまいますが...よろしいですか?」
ウェヌスはそう口にして、怪しい笑みを浮かべる。その顔は、宗教上のトップである『総主教』が浮かべてはいけないような表情であった。ウェヌスの持つ美しさは失われていないが、その表情には確かなこの世界の闇を感じた。
この世界では、裏で何が行われているのか。
康太達には知る由はなかったし、無理に知る必要もないし、知ってはいけないことだろう。
ジリジリと追い詰められる愛香。
ここで沈黙していたら、肯定取られてしまう可能性がある以上、沈黙をこれ以上続ける訳にもいかない。
だからこそ、愛香は開き直った。
「───全く、貴様も『総主教』の立場で人生経験豊富なはずなのにわからず屋だな。こうして、無理難題を押し付けて妾が断ろうとしているのがわからないのか?」
「わかった上でやっているんです」
「いい性格している───だなんて皮肉は言わない。貴様は性格が悪いな。こちらが嫌がっているのに、貴様はそれを強要するのか?」
「はい。アナタ1人は嫌がっていますが、ワタシ達100人は喜びますので。99人のプラスになるんです」
ああ言えばこう言うウェヌス。真綿で首を絞めるように、愛香が「断れない」ための言葉を投げ続けて、愛香は窮地に立たされていく。
ここまでくれば、背水の陣。
愛香が、ウェヌスを黙らせる武器として使えそうな言葉は無くなっていく。
このまま行けば、愛香はドラコル教の仲間として加えられてしまうだろう。
だからこそ、彼女は禁忌とも呼べる伝家の宝刀を引き抜くことにする。諸刃の剣ではあるが、今の愛香にとっては使わざるを得ない言葉であった。
「ドラコル教の唯一神とやらは、多くの人が幸せになるのであれば少数派を踏み躙ってもいいと教えているのか?随分と、自分勝手で都合の良い自己中心的な神だな」
「───」
その言葉に、ウェヌスは言い返すことができない。
神がそう教えていると言えば、愛香の言う通り最低最悪な神になり、神が教えていないと言えば、『総主教』であるはずのウェヌスが神の教えに反していることになるのだ。
「さぁ、どっちなんだ?こっちの質問に答えてくれるのだろう?貴様の神はどう教えている?」
「───そうですね。少しワタシもしつこすぎたかもしれません。その点については、謝罪しましょう」
そう口にして、ウェヌスは嘘っぱちの笑顔を───取り外す。
そこに映ったのは、冷酷非情なウェヌスの表情。睨まれたら、体が凍てつき動けなくなってしまいそうな恐怖を感じるその表情に、勇者達10人は唾を飲み込む。そして───
「神話にこんな文言があります。冒涜者には、制裁を」
───神を侮辱した愛香に対し、『総主教』が牙を剥く。
愛香は、見事に『総主教』の地雷を踏み抜くことに成功していたのだった。