Dracol Genesis その③
「───アナタ達、龍種である三苗と出会ったんですか!?」
第62代『総主教』ウェヌス・クラバス・ホーキンスの驚くような声が、大聖堂に響き渡る。
「妾は、三苗がどのような奴か知らないために、出会った武者が三苗かどうかを確かめる術はない。特徴を教えよ」
「はい、もちろんですとも。三苗は、この世に8体───いや、今は麒麟が討伐されたので、もう7体ですね。その中の1体の人型の怪物です。龍種の特徴として、顔が見えないと言うものがありますが『無敗列伝』や『剣聖』による情報だと、三苗は顔が見えないほどに深々と兜を被っているようで、武器は1本の刀を使用していると言われています。その身に纏う甲冑は、これまで殺してしきた生物の血が染み込んだのか、紅色に変色してしまっているそうです。イレンドゥ砂漠は広大ですが、そこに1体しかいないため『砂漠の亡霊』という二つ名で呼ばれており、今も砂漠を彷徨いたまたま鉢合わせた冒険者を殺しているそうです。それと...刀や剣に関する技名のみを口にでき───」
「もういい。妾が出会ったのは、その三苗とやらに間違いない」
「マジかよ...あの武者、龍種だったのか...」
「全然、龍の姿してなかったのに。人型だったのに...」
「敵対してくるNPCだと思った...」
愛香が、自らの戦った武者が龍種の三苗であることを認めると、ウェヌスやその周囲にいる修道女などを含む、その部屋の全員がどよめきに包まれる。
愛香は、そのどよめきに不快そうな表情を浮かべていたが、そんなの関係ないと言わんばかりに、ウェヌスは座っている高級そうな椅子から身を乗り出して、企みを持った怪しい瞳で、だけど瞳以外は怪しまれるべき要素を感じさせない表情で愛香にこんな質問をする。
「三苗とはどれほどの戦いを行ったのですか?」
「数分ほど、一騎打ちをしていた。実力は互角だったが、どちらにもこれと言った決定打が無かったから、Aランクの氷魔法で氷漬けにしてきた」
「───レベルは?」
「14」
「───」
そう、愛香はまだレベル14だ。
この世界の人にとっても、レベル14はまだまだ初心者レベルで、到底龍種と太刀打ちできるようなものじゃない。だけど、愛香は天性の戦闘スキルを利用して、三苗と互角にまで戦ったのだ。
その事実に、ウェヌスは驚きが隠せない。
だけど、ウェヌスだってここで圧倒されて黙り込んでしまうほど、チャンスに疎い女ではなかった。
愛香という存在は、絶対に自分の利になる。そうわかっていたから、こんな声をかけた。
「すみません。名前をお聞かせ願えますか?」
「───持っていない」
「名前を...ですか?」
「いいや、違うな。貴様らに名を教えるほどの信頼を、だ」
「そう、ですか...」
ウェヌスは、少し悲しそうな表情を見せるけれども、その瞳には思考の全てが浮き出ている。
彼女の目には、まだ諦めていないことが映っていた。
「───では、まだ名前を教えてもらわなくて結構です。ワタシ達の元で働きませんか?」
「断る」
「お金は出します。生涯を通して考えれば、プラム姫を助けた際に支給されるお金や褒賞よりも何倍もの価値になることを保証します」
ウェヌスは、なんとかお金で愛香のことを仲間に引き込めないかと交渉を行う。
「そもそも、妾は勇者としてこの世界にやってきた1人だぞ?勝手に雇うなどして良いのか?」
「報告では、21人いることを聴いております。『総主教』であるワタシであれば、その中の1人くらい引き抜くことは可能です」
「───」
愛香という戦力に目が眩んだのか、愛香のことを引き抜こうとするウェヌス。
きっと、麒麟のことを聴いたのもそれが目的だったのだろう。その、嘘っぱちの笑顔の正体に気が付いた康太ではあるが、今は愛香とウェヌスの真っ向勝負だ。
ここに口を挟んで、双方から怒られるのは目に見えているので康太は何も喋らない。
きっと、康太の隣りに座っている誠もそれに気付いているのだろうが、同じような理由で口を開いていないのだろう。
「お願いします。隣国のニーブル帝国と、睨み合いが続いているんです」
「ニーブル帝国?」
「はい。ここからもっと西に行けば、ニーブル帝国と呼ばれる帝王の圧政が行われている国があります。そこと、睨み合いの緊張状態が続いているのです」
「そんなの、妾には関係ない」
「待って、そっちのニーブル帝国に栄がいる可能性はないのか?」
「あーあー、そのことについては考える必要はございませんよ」
「───うお、コン!」
「そこまでお久しぶりではないけど、お久しぶりでございます。コンシェルジュのコンです」
そう口にして、疑問を口にした康太の目の前に出てくるのはコンであった。
ウェヌスは、不自然なまでに静かになっているから、今はゲームで言うヘルプ画面が開かれている状態なのだろう。
「連れて行かれた栄は、ここドラコル王国内にあります」
「じゃあ、ここで登場したニーブル帝国はどうなるんだ?」
「そちらは、現在開発中のDLC、『神の征く道』(税込み2380円)を購入して頂く必要があります」
「DLC...」
「はい。ですので、どれだけドラコル王国に大打撃が当たっとしても、そのままニーブル帝国の戦争が始まり、それに巻き込まれる可能性は無いので気にしなくて大丈夫です」
そう口にして、コンは姿を消した。そして、再度ウェヌスは口を開く。
「お願いします!どうか、ワタシのところで働いてもらえませんか!」
「何度も言わせるな。妾は貴様らの奴隷になったりはしない。神の威を借る女狐め。この世界の凡愚を宗教で黙らせられるからって、異世界からやってきたこの妾のことを犬のように従えられると思うなよ?」
強い口調で言い放つ愛香。それに、流石のウェヌスも苛立ちを覚えたのか、先程までのような嘘っぱちの笑顔が顔から消える。そして───
「色々と言ってくれるじゃないですか。こちらの方が権威も経験も、上なんです。調子に乗らないでください」
「貴様のような泥舟、誰が好んで乗るか」
───ウェヌスと愛香の2人は、そう口にして睨み合う。
一触即発の空気が、大聖堂の中には漂っていた。