Dracol Genesis その①
最初に神が愛したものは、大地そのものだった。
神が愛し、神に愛された大地には、虚から形が生まれて命が芽吹き、深淵という残滓を施した。
最初に神が哀したものは、深淵そのものだった。
神が哀し、神に哀された深淵には、その涙が溢れて、大海となった。
大地の深淵を創った神は、その疲れか睡りこけた。
眠るために、暗黒を膿んだ。それは、夜と呼ばれることになった。
夜が終わりを告げて、昼になると神は目を覚ましになった。
その際に、神がお伸びになったためにそびえ立った昼を割って、頂天を掻き出した。
それによって、大地と深淵と頂天の3つに世界は別れた。
神は、大地を見てこう言いなさった、「満目荒涼なり」と。
大地は、その宣託を耳にすると大地という命の上に、更なる命を芽吹かせて、生を授けたので、大地には多くの草や木、果樹が植生するようになった。
次に神は、深淵を見てこう言いなさった、「深山幽谷なり」と。
深淵は、その宣託を耳にすると大海という涙の上に、多くの命を芽吹かせて、生を授けたので、大地には多くの未発達の生物が生息するようになった。
続いて神は、頂天を見てこう言いなさった、「暗澹冥濛なり」と。
頂天は、その宣託を耳にすると漆黒が広がっていた膿んだ絶望の夜に、瞬く希望を散りばめて、神の睡りを邪魔しないように光らせた。
神は満足すると、その日も睡りについて、昼になって目を覚ましになった。
神は、大地に更なる生を授けた。
それにより、森羅万象が跳梁跋扈し、ある物は大海へ、ある物は頂天へと移動して、多くの生物が神の住む世界を生きることになった。
神は自らの眷属である龍種を生み出した。
多種多様な姿をしている8柱の龍種を眷属として、森羅万象が跳梁跋扈する世界の再統一を行った。
そして、森羅万象が落ち着いたその日に神と同じ姿をしている人間を創造した。
創り出された人間は、神を祝福して崇拝して愛したので、神も人間のことを祝福して崇拝して愛した。
神は、愛した人間への祝福として「魔法」という権能を与えて、人間の頂点に登りつめた人物にのみ、龍種の管理を任せた。
神は、大地と大海、頂天の管理を人間に任せると、そのまま自身は睡りについた。
これが神の天地創造の由来である。
***
「これが、ドラコル神話の1章───全25節に当たるわね」
どうやら、旧約聖書の『創世記』にあたる部分が、ドラコル神話の1章に当たるようだった。
ドラコル神話では、7日間ではなく3日間で終わらせたようだけれども、内容としては『創世記』に似通っていると言っていいだろう。
『RPG 〜剣と魔法と古龍の世界〜』というゲームであるから、『創世記』が元としてあっても、何もおかしくはなかった。
「え、質問。ドラコル神話で龍種は神の眷属として描かれているのに、倒しちゃってよかったんですか?」
「えぇ、1章では龍種が神として描かれているのだけれどね?23節に『人間の頂点に登りつめた人物にのみ、龍種の管理を任せた』ってのがあるでしょう?その人間の頂点に登りつめた人物───要するに、『古龍の王』が神の創った全てを支配するために龍種を人間の敵になるように操ってしまうの。だから、龍種は神の眷属であることを剥奪されてしまうの」
「そうだったんですか...」
その設定であれば、『古龍の王』が世界征服を目論む魔王的立ち位置だとしても何一つとして違和感はない。
そして、龍種があれほどまでに強い理由としても、他の魔獣と差がある理由としても、敵として立ちはだかっている理由としてもおかしくないのだ。
「ドラコル神話は、この後この国の歴史を語ってくださります。きっと、勇者の皆様のこともドラコル神話に編纂されることでしょう」
どうやら、ドラコル神話は地球で言う「歴史」の役割もしているようだった。そうなると、ここからはドラコル神話の歴史の授業が始まってしまうことになるだろう。
そこまで、長い話には流石の康太達も付き合っているわけにはいかないので、康太はこんなことを口にした。
「それでは、そのドラコル神話の中から龍種や『古龍の王』とかが戦った話とかはありますか?」
「えぇ、もちろん。ドラコル神話として受け継がれていて、ドラコル王国の中で最大規模だった争いの話があります」
「それを聞かせて欲しいです!」
「わかりました。プラム姫を救出する以上、勇者様達にも関わってくる話かもしれませんからね。───と、王国戦争に繋がる、唯一神との結婚の話をしておいた方が良さそうですね」
「唯一神との...結婚?」
「はい。1章にも出てきており、ワタシ達が崇拝する神は、女性なのです。ですので、『総主教』は代々男性が引き継いで来ておりました。ワタシは例外として、女性なんですけれどね」
カトリックは、キリストが男性のみを使徒に選んだので女性は聖職者になれない───という話をこの前したけれども、どうやらドラコル神話には、神との結婚という理由があったようだった。
「ワタシというイレギュラーでイリーガルな存在が話をするのでややこしくなりそうなのですが、ワタシが例外なことを忘れずに聴いていただきたいです。ワタシ達の神は女性で、その婚約者を選ぶために、王国戦争は行われたのです」
───そして、始まる『王国戦争』 の話。
その話は、康太達とは関係ないただの昔話───というわけではないのであった。