宗教都市ムーヌ その④
まるで玉座のような、細かい装飾が施された高級感漂う椅子に座っているのは、第62代『総主教』のウェヌス・クラバス・ホーキンスのようであった。
周囲の修道女は、創作物でよく見るような黒い修道服に全身を包んでいたが、ウェヌスは白い祭服に身を包み、その差異がよく理解できた。
優美で、且つ荘厳なウェヌスのことを見て圧倒されつつある勇者一行の中で、前に立ったのは康太であった。
「───お初にお目にかかります。勇者の中で、代表して挨拶させていただきます。コウタと申します。異世界から来た人物である故、この世界の常識から外れた、無礼な行動をしてしまう可能性がありますが、目を瞑ってくださると幸いです」
康太はウェヌスに対し、自己紹介をしつつ自らの無礼を赦すように口にする。
康太達が、貴族階級かそれ以上と会話をするのは、王族である国王に次いで2度目だ。
キリスト教の総主教の立ち位置を考えれば、政治的権力を国王が持ち宗教的権威を『総主教』が持っているのは、容易に考えられた。
「この場にお呼びしたのはこちらです。畏まらなくとも構いません。こうして、ワタシが座っているのですから勇者の皆さんも座ってもらって構いませんよ」
「ありがとうございます」
そう口にして、置いてある長椅子に3にんずつで着席する10人。3人ずつ座ると1人余るが、愛香が1つの席を占領することになった。
一同は、康太にウェヌスとの問答を一先ずは任せることにした。
康太であれば、変な発言をして怒りを買うことも少ないし、必要な情報を引き出すことも可能だろう。
「それにしても、『総主教』と聴いて男性を想像していましたが、まさか女性だったとは。俺達が来た異世界には女性総主教がいなかったので、驚きです」
カトリック教会は、キリストが男だけを使徒に選んだとして女性が聖職者になることを否定している。
タロットの大アルカナには女教皇が存在するが、それも女教皇ヨハンナという存在しない伝説を元にしている。
総主教という概念が存在するキリスト教では、女性が務めることが珍しいのだ。
であるからこそ、康太はそんなことを口にする。
「そうでしょう。実は、ドラコル教の『総主教』を女性が行うのは62代目であるワタシが初めてなんです」
「そうなんですか」
「えぇ、『総主教』は世襲制なのですが、ワタシの代には姉に妹と、女しか産まれなかったのです。だから、ワタシが継ぎました」
「そうだったんですか...」
総主教という職務は『総主教』という二つ名と同時に継承されていくのだろう。
そうなれば、ウェヌスの父親や祖父から『総主教』という二つ名が代々継がれてきているのだろう。
初の女性総主教であるとすれば、そこに偏見の目や差別などがあって大変だろう。
康太や誠は、心の中で同情するけれどもそれを口に出すことはなかった。
「───質問でーす」
「はい、なんでしょう?」
康太が黙り込んだところで、美玲が手を挙げて質問をする。
「『総主教』って二つ名も引き継がれたものですよね?」
「はい、そうです。世襲制なので当たり前ですが、ワタシは父から受け継ぎました」
「『総主教』以外にも、代々受け継がれている二つ名とかはるんですか?異世界から来たので、そこら辺わかってなくて...」
「はい、ありますよ。『総主教』の他に、『剣聖』や『魔帝』・『古龍の王』の3つは世襲ではないですが受け継いでいきます。『剣聖』や『魔帝』は弟子が受け継がれるみたいです。そして『古龍の王』の受け継ぎ方はわかっておりません。他にも二つ名ではありませんが『総主教』と同じくドラコル王国の王位も世襲制です」
ウェヌスは、美玲の質問にそう丁寧に答えてくれる。
『剣聖』や『魔帝』は、康太達にとって聴いたことのない二つ名であったが、『古龍の王』という二つ名には聞き覚えがあった。
そう、デスゲームではなく、RPGというゲームの最終目標であるプラム姫を誘拐したヤコウが『古龍の王』という異名を持っていた。
ヤコウは、先代の『古龍の王』───則ち、通常のゲームだった時のラスボスから『古龍の王』という二つ名を引き継いだということになる。
「───と、皆さんのドラコル王国に対する疑問にはキチンと答えたいと思っています。ですので、先にワタシの話を聞いて下さいませんか?」
「は、はい。こちらこそ色々と聴いていしまってすみません」
「いえ、いいんです。異世界からこっちの世界に飛ばされて、勇者としてプラム姫を救ってくれ───と言われて順応する方が難しいでしょうし」
ウェヌスは、そう口にして笑顔を貼り付ける。
一拍置いた後、ウェヌスは続けてこんなことを口にしたのだった。
「勇者様が龍種である麒麟を討伐したことを聴きました。麒麟討伐について、お話を聴かせてくださりませんか?」
ウェヌスのその疑問を聴いて、そこにいる者の多くは「やはり」と心の中で思った。
『総主教』ほどのお偉いさんから、呼び出されるとしたら、歴史が動くとも言っていい龍種の討伐のことに対してだとうことは、察しがつく人も多かったのだ。
であるからこそ、康太はそれに対する普遍的で波風立てない返事を考えていた。
「大変申し訳無いのですが、麒麟を討伐したのは俺達と別行動している俺達の仲間なんです。だから、詳しくは何も知らないんです」
「───そう、ですか...」
康太のその発言に、ウェヌスは少し意気消沈している。続けて、こんなことを聴いたのだった。
「では、そのお仲間さんの名前を聴くことは可能ですか?」
「そうですね。少し、俺の仲間が麒麟を討伐するに至った経緯を話します」
そう口にして、康太は『閃光』とのイザコザと、残った10人の内5人が戦ったので、討伐メンバーに誰が加わったのかわからないことを話したのだった。
「そうですか...では、『閃光』アレン・ノブレス・ヴィンセントとチエさんは確実に参加していると言えるんですね?」
「はい。そうです」
ウェヌスは、その情報を聴いて思考を巡らせているようだった。
その頭の中で何を考えているのかはわかていないが、何かを策謀しているのは確かであった。
「───ありがとうございます。こちらの聴きたかった情報はこれで終わりです。皆さんの疑問をぶつけてください。なんでも答えますよ」
ウェヌスは、これまでと変わらず嘘っぱちの笑顔を浮かべてそう口にしたのだった。