勇者達よ、砂漠を進め。そこには強敵の音がする その⑨
「蓮也に声をかければいいの?」
愛香の、成瀬蓮也の持つAランク魔法を使用する───という発言を前に、歌穂はそんな確認を取る。
歌穂は覚えていたのだ。蓮也の放つAランク魔法は、サンドワームの討伐においてさえも決定打にならない魔法であることを。
「あぁ、そうだ。蓮也も生き残るためであれば協力してくれるだろう」
「───わかった。声をかけてくる」
「任せたぞ、歌穂」
歌穂は、愛香のその言葉にサムズアップだけをして返事をせずに走り去っていく。その軽快な走りを愛香は双眸で捉えること無く、襲いかかってくる武者の相手をするのであった。
「───質実剛剣」
愛香の方へ飛んでくる横に長い斬撃。だが、愛香の槍で受け流せないような攻撃ではない。
「龍種だとすれば、絶対に倒せない相手ではないな...」
これまで一度も倒されていない───というのは、少し誇張しすぎているような気もする。
今の愛香の実力では討伐できそうにないが、もっと強い技が手に入れば倒すことはできそうなのだ。
この広い砂漠にたった一体しかいない武者を見つける作業のほうが難しく、砂漠を歩き続けて肉体的に疲弊しているところを襲撃されて敗北する───という話であれば納得できるが、それでも本格的な討伐班が組まれれば倒せそうな相手ではあった。
「もしかしたら、そこまで討伐する理由が無いのかもしれないな...」
確かに、砂漠を進んできて目の前の武者に出会ったら十中八九死ぬだろう。実際、康太は腹をバッサリと切られていた。
だけど、イレンドゥ砂漠は広い。であるから、出会う人物もそんなに多くないのかもしれない。
それに、出会ってしまえばチームは全壊するだろうから被害が広まることも少ない。
そう考えると、実際の被害よりも知られている被害の方が少ないのは確かだ。
それこそ、一度であって自分以外の仲間が壊滅させられて、討伐班を組んでイレンドゥ砂漠に乗り込んでも、出会えなかった───となって終わる可能性は大きそうだった。
「まぁ、いい。妾の目的は貴様の討伐ではなく栄の救出だからな。こうして貴様と戦うことも今日以降は無いだろう」
そう、第8ゲームの目的はゲームのストーリーのクリアではなく栄の救出だ。目の前にいる武者を討伐しなくても、問題はない。
「口刀試問」
武者の攻撃を受け流し、蓮也が来るのを待っていると技名のある攻撃を仕掛けてくるのは、武者であった。
愛香は、その刀を見極めることができたので即座にガードし、その攻撃を弾く。
「少しは、攻めて見るか」
愛香は、そう口にして槍を強く握り長いリーチを利用した技を武者にぶつける。
「───〈森梟の慧眼〉」
愛香がそう口にすると同時に、武者の心臓を中心に、星型を描くように振るわれる槍。
多くは、武者の纏う甲冑に守られているので攻撃によるダメージはない。もちろん、愛香だってそれは承知だった。
だからこそ、星型を描くように槍を振るった後、星型を描く際に中心にしていた心臓を力いっぱいに突く。
「───ッ!」
その直後、これまで技名のみを口にしていなかった武者が、言葉にならないような声を口にする。
それは、明確に言語と呼べるようなものではなく、きっと愛香の放った突きに驚いたものであるだろう。
「───貴様、技名以外も口にできるのか」
愛香は、そんな驚きを口にする。そして、そんな声を出すということは多少なりともダメージになるような攻撃をしたと言うことだろう。と、その時───。
「愛香!蓮也を連れてきた!」
今回のキーパーソンである蓮也を連れてきたのは歌穂であった。蓮也は、自らの魔法が頼りにされているのがまだ信じられないのか、少しオドオドしていた。
「蓮也。貴様の魔法こそが武者の足止めのキーだ。失敗したら、妾達は逃げ遅れたものから死ぬだろうよ」
「ひ、ひぃぃ!」
「愛香。蓮也を脅すこと言わないでよ!ただでさえビビリでチキンで信用ならないのに!」
「歌穂。貴様の方が妾より酷いことを言っていると思うぞ?」
愛香は少し脅しただけだが、歌穂のは完全に蓮也に対する暴言だ。
ここまで言われるのは可哀想ではあるが、蓮也は第4ゲームの最中に自分が生き残るためには仕方ないとは言え、睦月奈緒を殺した張本人だ。そこまで、同情する必要はないだろう。
「蓮也、頼んだ」
「───わ、わかった...」
覚悟を決めたのか、蓮也は魔法杖をギュッと握る。その足は震えており、目の前の武者を恐れているのが十分に伝わってくる。
だが、攻撃を喰らったら腹を裂かれて死亡するのは間違いないのだから恐れるのは当然だ。
「───それじゃあ、放つよ?」
「───荒刀無稽」
「───ッ!」
蓮也がAランク魔法を放とうとしたと同時、蓮也に対して斬撃を飛ばすのは武者。咄嗟に、愛香がその斬撃を止めようと動くけれどもそのスピードは間に合わない。
「アタシに任せて!〈大切断〉!」
蓮也の前に立ち、そうして斧を縦に振るい攻撃を止めるのは歌穂。斬撃は歌穂の振るう斧とぶつかり、なんとか食い止められる。
「蓮也、行けッ!」
「───わかった!」
斬撃が収まったと同時、蓮也は歌穂の前に立ち武者に対して魔法杖を向ける。そして───
「〈世界氷結の理〉」
蓮也が魔法を行使すると同時、武者は巨大な氷に包まれていく。そして、暑い砂漠の海の中に巨大な氷塊が生まれたのだった。
これでは、氷が溶けるまでは武者は出てこれないし、攻撃が届くこともない。
愛香と武者との勝負は、このような形で終わってしまうものの、愛香は氷の中に囚われた武者に対しこう言葉を残す。
「───武者よ。妾は貴様の名を知らぬが、確かに刀と槍を交えて、命を賭けて戦った。もう会うことは無いが、妾は心の底からから貴様のことを強敵と呼ぶことができるだろう。しばし、そこで眠れ」