勇者達よ、砂漠を進め。そこには強敵の音がする その⑦
金属と金属がぶつかり合い、甲高い音を鳴り響かせる。
岩のように重そうな甲冑を身に纏いながら風のような素早い動きを披露する名前のわからぬ武者と、自由度の高いこのゲームの中で最も自由である生粋の自由人───森愛香が、お互いに武器をぶつけてその戦闘を開始していた。
「──口刀試問」
その直後、愛香の首───いや、それよりも若干高い、口を狙って武者から攻撃が行われる。
愛香は、それを槍の長い柄でなんとかガードする。もし、愛香の持つ武器が槍ではなく刀であれば、ガードが遅れて口が切られていただろう。
「啖呵を切らずに、戦いの口火だけを切るとはな。歯に衣着せぬもの言いで妾を不快にさせないところは評価するが、歯牙にもかけないこと妾に歯向かったのと同義だぞ?」
愛香はそう口にして、何も喋らない武者に対して敵意を剥き出しにする。
愛香は、そのまま武者の刀が届く範囲から離れて、そのまま武者に槍を突きつける。
「間合いとしては、妾の方が上だ。槍を持っているのは妾だけだが、残念だったな。妾が槍を持っている以上、鬼に金棒。マリオにスターだ」
「愛香!俺達は先に逃げているからな!」
武者に対し、槍を突きつけながら話す愛香に対し、そう伝言を飛ばすのは康太。
愛香は、康太の方を一瞥するだけで返事をしなかった。康太は、それを見て「やれやれ」と小さく口にした後で、愛香に武者の相手を任して9人が先を進む選択をした。
「見物客は、どこかに行ったようだな」
愛香も、皆とはぐれても面倒なことが多いだろうから、どうにかして武者と引き剥がして合流しなければならない。
「さぁ、妾が思う存分相手をしてやる。妾の経験値の糧となれ」
「───荒刀無稽」
「───ッ!」
愛香の言葉に反応するように、刀を振るい斬撃を愛香の方へ飛ばす武者。愛香は、至近距離で斬撃を飛ばされるものの、それを持ち前の反射神経でガードして、後方へ飛んで避ける。
「───その刀の届く場所だけが、お前の攻撃範囲ではないと言いたいのか。槍だからと優位に立った気でいるなよ、と言いたいのだろうが、こちらこそ言わせてもらう。斬撃を飛ばせるのが刀だけだと思うな。〈無斬一閃〉」
その言葉と同時、愛香が槍を振るい放たれる斬撃。
「質実剛剣」
愛香の斬撃を弾き飛ばし、そのまま愛香を狙うように武者の刀からは斬撃が放たれる。
「───ッチ。妾の斬撃を弾き飛ばすとはな」
愛香は、横方向に飛ぶことで斬撃を回避し、そのまま康太達の走り去っていった進行方向を背にするようにして武者に立ち向かった。
そして、愛香は思案する。
どうやって、目の前の武者に一撃を食らわせるのか。
愛香は、一度目のヒュージスコーピオン討伐の時から少しレベルが上ったものの、それでも現在のレベルは14の、まだまだ初心者レベルだ。
初心者レベルである以上、攻撃を食らわせたとしてもあまりダメージは入らないだろう。そうなると、目の前にいる武者の討伐は大変な作業になる。
「クリティカルはあるらしいが、それに頼っても時間がかかりそうだな...」
クリティカル狙いだとしても、元の攻撃力のたかが知れているから、ほとんどダメージに期待はできない。
───そんな思考を逡巡させる愛香に対し、攻撃を仕掛けるのは武者。
「質実剛剣」
「───ッ!」
愛香は、自らに向けて再度放たれる斬撃を避けるため、服が汚れるのも気にせずに砂の海を転がる。
結果として攻撃は回避できたが、煩わしい砂が愛香の衣服には纏わりついた。
「───不快。妾の御衣を汚すとはな」
愛香が自分で転がったというのに、その責任は全て武者にかけられる。
だが、そんな理不尽な意見にも武者は何一つ反発せず、顔色を変えずにこれまでと変わらず刀を握り続ける武者。
「───」
愛香は、そんな武者のことを見て何かを考える。そして───
「───妾も撤退するかな。貴様の相手をするのは萎えた」
愛香は、そう口にする。
「では、さらばだ」
そのまま、愛香は180度体を回転させて、武者に背中を見せるような状態で逃亡する。
だが、もちろん武者はそんな言葉を聴き、逃亡していく愛香に対する攻撃を止めるわけがないし逃がすわけがない。
「主客転刀」
武者は、刀を振るい風のように軽やかに愛香の方へ接近してくる。そして、そのまま愛香の首を狙って刀を振るう。
「刀意即妙」
「───〈縦横無尽〉」
愛香は、右手に持ったままの槍でなんとか突き技を行って、武者の攻撃を受け止める。
が、武者の放った攻撃を受け止めきれずにそのまま愛香の首へ攻撃が流れてくる。
「───ッ!」
愛香は、自らの槍で守り抜けなかったことをすぐに察し、なんとか後方に体を反らせる。
だが、左頬に攻撃が掠り、愛香のキレイな顔に傷がつく。
「避けきれなかった。だが、仕方ない。袖振り合うも多生の縁さ。───とでも言うと思ったか!拳振り合うも多生の怨嗟!この傷は貴様を殺すまで忘れない」
愛香はそう口にして、武者を睨む。
「姫である妾が、殿を務めてやる!負けず嫌いの負けヒロインが負け戦を撒けぬと思っているのか!来いや、落ち武者。妾が出落ちキャラにしてやる」
そう口にして、愛香は武者の方をしっかりと見ながら、何も無い砂漠をバックして先行する康太の方へ移動していくのだった。
───こうして、武者の相手をしながら康太達に合流しようと愛香は動き出したのだった。