4月6日 その②
「オレとオレが賭けたやつ全員のポイントを総取りだと?」
渡邊裕翔が、眉を上げる。
「ケッ!面白い事を言うじゃねぇか!」
そのまま怒り任せに殴ってくるかと思ったら違った。彼は冷静だった。眉を上げると同時に、口角をも上げた。
「もちろん、お前───栄だっけか?お前もオレに負けたらお前の持つポイントとお前に賭けた奴のポイントを全部奪うのでもいいんだな?」
「あぁ...それで構わない!」
「んじゃ、こうしよう。ここにいる奴ら全員が賭ける!」
「───ッ!」
渡邊裕翔が行おうとしているのは、賭けの強制。死なないからと言って、ゲーム参加の放棄だ。
「これ以降、教室に入ってきたやつは部屋の中には入れない。そして、賭けた方が勝てど自分に益はない。どうだ?まるでデスゲームだろう?」
そうだ、言っていることは一緒だ。デスゲームには途中参加もできないし、生き延びたからと言って賞金がある訳ではない。
「賭けるならば、勝てる方だ!つまらん友情に負けて見違えるな!オレは、山本慶太に勝った!賭ける方を決めろ!」
行われるのは、教室の二分化。俺に賭ける人は、俺の方に来て渡邊裕翔に賭ける人は渡邊裕翔の方へ移動する。そして、賭けるポイントも無い人は教室の隅へと追いやられた。
だから、稜も健吾も、殴られ倒された純介も、俺を看病してポイントを奪われた美緒も教室の隅に移動していた。
教室の隅に倒れていたが、まだポイントを保有している紬と誠は、智恵と梨央の看病の元、俺の後ろに付いた。
智恵・梨央・紬・誠の4人は俺の勝ちを願ってくれているのだ。
今現在、第2ゲームに参加している───すなわち、ポイントを持っている───要するに賭ける権利を持っているのは秋元梨花・宇佐見蒼・柏木拓人・菊池梨央・小寺真由美・斉藤紬・佐倉美沙・杉田雷人・橘川陽斗・津田信夫・東堂真胡・中村康太・西村誠・橋本遥・村田智恵・森愛香・森宮皇斗・結城奏汰・綿野沙紀
の19人だ。俺と渡邊裕翔は殴り合うのでカウントしない。
だが、教室にまだ来ていない津田信夫・橋本遥・森愛香・綿野沙紀の4人を除くと15人。
そのうち、渡邊裕翔に賭けたのは柏木拓人・佐倉美沙・杉田雷人・橘川陽斗・中村康太・結城奏汰の6人。
そして、俺に賭けたのは秋元梨花・宇佐見蒼・菊池梨央・小寺真由美・斉藤紬・東堂真胡・西村誠・村田智恵・森宮皇斗の9人であった。
強制的な賭けなので、殴り合い反対の女子の票が多く集まった。もし、これが多数決ならば俺は勝てていただろうが、これは男と男の殴り合い。数じゃ相手を殴れないのだ。
「んじゃ、賭ける相手も決まったようだし早速勝負を始めるか!」
渡邊裕翔が、手をポキポキと鳴らす。首を回すと、ポキポキとやはり音がなった。
簡単な威嚇か、それとも人を殴る前のルーティンだろうか。
「それじゃ、行くぜ?」
そう言った刹那、迫ってくるのは渡邊裕翔の拳。純介が、止めに入るといきなりこれが迫ってきたのだから怖かっただろう。
───だが、殴ってくるとわかっているならば避けられる。
俺は、後ろにのけぞり渡邊裕翔の最初の一撃を躱す。そして、そのまま俺を殴ろうと突き出していた腕を掴む。後は、床に叩きつければ───、
「栄、足!」
「───ッ!」
稜から入る忠告。迫っていたのは、渡邊裕翔の足だった。
稜に忠告されなければ、俺はこの足に自らの頭をぶつけていた。俺は、咄嗟に渡邊裕翔を離して避ける。
そして、一度距離を取った───
と思っていた。
もう、渡邊裕翔の次なる攻撃は迫っていた。このパンチはもう、避けられない。
「───ッ!」
俺は、咄嗟に右腕を突き出し、渡邊裕翔のパンチを俺の前腕を犠牲に食い止める。
響く。響いた。渡邊裕翔のパンチは、難なく人を失神するくらいのパンチの威力があった。
───渡邊裕翔の左腕が、俺の鳩尾を狙って進んできているところが見えた。
どうにかして、守らなければ。
ジンジンと痛みが響く右腕に、また痛みが来ればヒビが入るかもしれない。ならば、左腕?
否。左腕をも犠牲にすると攻撃する術が足しかなくなる。手が使えない状態で足で攻撃するほど愚かな人はいない。足を掴まれて負けるのが必然だろう。
だからと言って、足で守ると立てなくなりボコボコにされるだけだ。ならば、最善手は───
守らない。
”ボコッ”
「がはっ───」
鳩尾を殴られれば、過呼吸になるだろう。意識が飛びそうになる。それを、必死に食い止める。
「おいおい、栄?大丈夫か?あんだけ強がっておいて、まだオレに一発も食らわせられてねぇじゃねぇか?」
挑発的な態度を取るのは渡邊裕翔だった。彼の右の拳は俺の頭目掛けて振るわれる。
”パシッ”
俺は、その拳を未だ健在の左手で食い止める。そして、片足で渡邊裕翔を蹴飛ばした。渡邊裕翔の股間あたりを。
「───ッ!やるじゃねぇか!」
渡邊裕翔が少し後ろに下がるも、すぐに俺の方に攻めてくる。
「これでもくらえ!」
渡邊裕翔が放つのは、乱打。半分も、受け止められていない。右手の痛みもジリジリと引いてきた。これで、両手とも止めれば───
「───ッ!」
狙われたのは、俺の股間。蹴られたのだ。俺が先程行ったように。
”ガンッ”
俺は、弾き飛ばされ退かしてあった教室の机の1つに頭を打つ。視界がクラクラとする。このまま、俺は───
「栄君、もう終わり?」
突如として声をあげたのは、ポイントを持っておらず教室の隅へと追いやられていた歌穂だった。
「アタシ以外に負けるとか、許さないから!」
歌穂は、そう言った。歌穂の言葉に励まされる。歌穂が、負けるな───そう言っている。
歌穂のポイントを背負って、俺はここにいるんだ。ならば、俺のポイントは歌穂のポイントなのだ。
「───そうかよ...なら、まだ頑張らねぇとな...」
俺は、立ち上がる。目眩がする。
───だが、俺は負けられない。ここで、負けてはならない。
約束したんだ。美緒と、稜と。本戦で勝つって。
「まだやるのか?もうボコボコじゃねぇか?」
渡邊裕翔はヘラヘラしながらこちらを見る。まだまだ相手は余裕そうだ。
「俺は...負けれない!負けれないんだ!誠を...紬を...純介を!殴ったお前には絶対に!」
栄、覚醒?
いやいや、まさか。
彼を動かすのは、いつだって周囲の人物です。





