勇者達よ、砂漠を進め。そこには強敵の音がする その⑤
ヒュージスコーピオンとサンドワームを討伐し、イレンドゥ砂漠を西進する康太達一行。
ヒュージスコーピオンよりも何重も小さいサソリ種は度々見かけ、経験値稼ぎとして利用させてもらっているが、サンドワームを小さくしたような生物は出てこなかった。
やはり、サンドワームは色違いやタイプの違いが存在しない固有の種なのだろうか。
だがまぁ、あの小さいサイズがサソリ種のように群れとなって襲いかかってくると考えると寒気がしてくる。
虫嫌いの歌穂が見たら、叫んで失神してしまうくらいには気持ちの悪い絵面が想像できた。
そんなこんなで、サンドワームを討伐した日から更に2日。最後の集落を出てからは5日目となり砂漠も残る1/3まで進んでこれた───というところ。
残りが「1/3しかない」と考えるか、「1/3もある」と考えるかはその人の思考によるが───
「───だぁ、もう。砂漠だけじゃなくて地の文まで前回と似たような話を永遠にされると頭がおかしくなる!」
そうやって、愚痴をこぼすのは美玲であった。
砂漠の開始から1/3まで進んでいた頃には、明後日───則ち今日にでも宗教都市ムーヌに到着すると予測されていたが、その予想をしていた時と比べると、疲労があるのか砂漠を進むスピードが遅くなっていた。
だが、一向に風景の変わらぬ砂漠を歩き続けている10人は退屈で退屈で仕方がないのだろう。
言葉がなくなり、本当に苦痛の時間だけが過ぎていくことになったところで美玲が「折角だし、ワタシ達だけの言語を作らない?」と提案したところはよかった。
10人を巻き込み、それぞれが3音ずつ文字の形と発音を決めて、計30音を使用した「ミレー語」が誕生し、それを思い思いに話して見ることにしたけれど、最初にルールを決めずにそれぞれが話し始めてしまったので言語の意味の統一が不可能になり収集がつかなくなった。
最初に決まったミレー語で「こんにちは」を表す単語くらいは紹介できればよかったが、悲しいことにミレー語に使用するミレー文字は機種依存文字───というか、実在しない創作文字だ。
どれだけ最新鋭で万能なコンピュータを使用しても表示できないし、インターネットの海に流すことは適わない。
「───と、そんな太古の昔に滅んだ言語の話はどうだっていい」
そう口にして、我先にと戦闘を歩く愛香がこれまで我先にと足を止める。だって、そこにいたのは───
「ヒュージスコーピオン」
「───が、3体」
康太の言葉に愛香が付け加える。1体でも硬い甲羅が厄介だと言うのに、それが3体もいるのだ。
「サ、サソリが3体も...」
「大変、歌穂が泡吹いて倒れちゃった!」
「元から戦力としては期待していない。大丈夫だ」
「仕方ない。美玲、準備はできてるか?」
「もちろん!脚をお願いするわ!」
「あぁ、その部分はキチンと妾に任せておけ───」
愛香がそう口にして、背中の槍を抜いたとほぼ同時、足元の砂が微振動を開始する。
「まさか───」
「皆、この場から離れろッ!」
康太が何かに察したと同時、すぐに愛香からの指示が飛び、全員がその場から離れる。それと同時、砂の海の中から姿を現したのは巨大なサンドワーム。
「ここに来て、畳み掛けてきやがった!」
ヒュージスコーピオンが3体に、サンドワームが1体。
もしかしたら、サンドワームはまだ地中に潜んでいるかもしれない。
「随分と、危険地帯に足を運んでしまったようだな...」
失神した歌穂を軽々と背負いながら、そんなことを口にするのは誠であった。
「もう目をつけられている以上、倒すしかないだろう。相手は多いが...こっちは10人もいる」
「早速、1人は戦闘不能みたいなようだがな」
サンドワームがアーチ状に天を泳ぎ、砂の中に戻っていったのを見届けている間に動き出したのは、3体いるヒュージスコーピオンの中の1匹。
両腕のハサミを向けて、毒を飛ばしながら迫ってきたのだ。
「とりあえず皆、回避だ!毒にあたったらデバフが面倒だし、気をつけろ!」
康太がそう指示を飛ばし、突進してくるヒュージスコーピオンの攻撃を右に飛んで避ける。
そうして回避行動を取りながら、視界の中に入れたのは2体目と3体目のヒュージスコーピオンも突進してきている姿であった。
「クッソ、やっぱ3体同時に相手は分が悪いか...」
3体目のヒュージスコーピオンは、1体目のヒュージスコーピオンを左に避けた愛香の方へ移動したので康太の方には来なかったが、2体目のヒュージスコーピオンは康太の方へやってくる。
康太は、接近してくるヒュージスコーピオンの足を攻撃しようかどうかとも考えたが、それを実行に移す隙は無く、回避することしか許されなかった。
「攻撃する隙が...」
3体のヒュージスコーピオンを避けた康太。が、康太が2つの足でしっかりと立っている地面は揺れ始めて、サンドワームがその顔を覗かせる。
───多すぎる。
魔獣だというのに、それぞれが好きに動いているというのに、結果的に連携が取れてしまっている。
このまま、ずっと敵のペースに呑まれるとマズい。最悪全滅もあり得る───康太が、そう思った時だった。
「───七転抜刀」
一言と、一振り。
ただ、それだけで硬い外殻を持つサンドワームの太い太い体は一刀両断されて、地に堕ちる。
「───あ、え...」
「───質実剛剣」
地面を震わせ、何も無い空間を斬ったはずなのに、ヒュージスコーピオンのハサミと毒の噴出口が切り落とされ、肉片に変貌する。
そこに現れたのは、武者。
戦国時代を生きた武将のように、顔の見えない兜を被り、紅く重そうな鎧を、要するに甲冑を身に纏った、腕が6本ある人型の生物であった。
「───助けてくださったんですか?ありがとうござ」
「荒刀無稽」
康太がお礼を伝えようと動いたその刹那、6本ある内の腕の1本に持たれている刀から放たれた1本の剣技により、康太は血を撒き散らしながら吹き飛んでいく。
───理解ができぬまま助けられ、理解ができぬまま吹き飛ばされた康太は、何も理解ができぬまま死ぬのだろうか。
だが、確かに一つわかったこととしては、皆に理解させることができたとしては、目の前に現れたこの武者は、決して味方ではない。ヒュージスコーピオンも勇者も関係なく、目に映る全てを斬り殺す「最強の敵」であるということだけだった。