チュートリアルの終わり その②
『上弦』テヘラン・ソングバード。
『下弦』ルリアナ・ソングバード。
そんな2人をあわせて、ソングバード兄弟───その悪名は、健吾達がゲームをプレイするよりも10年以上前に、ドラコル王国全土に広まっていた。
拳闘士として鍛え上げられた肉体と、海よりも濃く空よりも暗い青色の髪を持ち、目を瞑ってさえいれば見分けがつかない2人。というのも、兄・テヘランは、左目が黒く右目が赤で、弟・ルリアナは左目が赤く左目が黒と、そのオッドアイにのみ違いがあった。
弱き者からは奪い取り、強き者には牙を剥く。
武の道を極める為に、弱者も強者も喰らって来た悪名高い兄弟は、当時レベル73の『神速』の住む絶崖アイントゥ近くの集落に足を運んでいた。
───これは、今から16年前。
アレンが当時、13歳。
そして、テヘラン・ルリアナ両名が17歳だったときの話である。
「「ここが───おっと、すまん」」
「兄貴が先に話してもらって構わない」
「いや、弟よ。先に話していいぞ」
「「───」」
「「じゃあ、遠慮なく」」
鬱陶しいほどに、発言が一致する2人。人の連続回避本能のような、お互いに遠慮してしまうが故に行われるミスが重なる2人であるが、これはいつものような日常茶飯事だ。
以心伝心で一心同体。容姿だけでなく考えることが全くと言っていいほど同じなのか、2人の行動はほとんどの確率で一致するのである。
「すまない、兄貴。俺が話すよ」
「そうしてくれ」
「ここが、最強の弓使いとの噂の『神速』の家だな」
「同じことを言おうとしていた。そのようだな」
思考が一緒なのだから、わざわざ言う必要もないのに確認し合おうとする2人。
2人は、絶崖アイントゥ近くの集落にあるとある邸宅を前にしていた。そこには、『神速』という最強の弓使いが住んでいるとの噂を聞いた。
『神速』の噂は、ソングバード兄弟の悪名と同じくらい世間一般に広まっており、ソングバード兄弟は、そんな強敵である『神速』を倒すために、やってきていたのだ。
───と、2人がその家を訪ねようとすると。
「───珍しいね。来客なんて。しかも2人も」
そう口にして、家の扉を簡単な魔法を行使して開けるのは、金髪の青年───『神速』と呼ばれる最強の弓使い。だが、家の扉には誰もおらず、庭においてある白いガーデンチェアに腰掛けていた。
その口調は、強者の余裕だろうか。
実際、『神速』から滲み出る強者としてのオーラが、肌にピリピリと突き刺すようにしてやってきている。
「「───俺達と勝負を申し込む。その『神速』の名に傷を付けに来た」」
そう口にして、2人で左右対称となるようなポーズを決めて、ガーデンチェアに座る『神速』に対してそんなことを告げる。
「そのドッペルゲンガーの如く瓜二つな容姿。ソングバード兄弟か。君達のような悪名高き存在には、僕の一番弟子と相手にするのがお似合いだ」
「「───んだって!?まさか、『神速』さんは俺達の相手をするのが怖いってのか?」」
「あぁ、怖いさ。まだ若い君達を回復魔法ですら治せないような怪我をさせてしまうのが怖い」
「「野郎───ッ!レベル73だからって調子に乗りやがって!」」
ソングバード兄弟が、全く同じタイミングで拳を握り、そしてそれを振ろうとしたその時───
「お呼びでしょうか?師匠」
開けられた扉から出てきたのは、まだ小さな銀髪の少年。
その身長から見ても、まだ15歳にも満たないであろう子どもであった。
「よく来たね。紹介するよ、僕の一番弟子。アレン・ノブレス・ヴィンセント」
「「一番弟子!?まだガキじゃねぇか!───って、ノブレスって、2,3年前に廃れた...」」
「そうだ。僕の唯一の弟子さ。君達にはアレンで十分だ」
「「おいおい、随分とナメられてるじゃねぇか!そんなガキ1人、ボコボコにできないと思って───」」
「〈向日葵〉」
「「あ───、あ?」」
その刹那、2人の額に突き刺さるのは矢。
攻撃を避けることもできずに、ただ矢が刺さったことによる痛みと、〈向日葵〉を使用したことで出る、向日葵の花のような形のエフェクトが宙に浮かぶ。
「「痛ってぇ...よくもッ!」」
「〈千射観音〉」
そう口にして、2人が反撃しようとした刹那。2人に向かってアレンが放つのは、数え切れないほどの矢。
もちろん、全てが全て本物の矢ではなく、その大半は魔法で作られた矢ではあるものの、ほとんどダメージは変わらない。
「「つ...強い、強すぎる...」」
そう口にして、ソングバード兄弟は、全く同じタイミングでその場で仰向けに倒れる。
───そして、そこからソングバード兄弟は、アレンの最初の仲間としてチームに加わることとなる。
***
そんな2人が、アレンとの出会いを走馬灯のように思い出しているのは、その時と同じように見るも無惨に敗北したからだろうか。
2人共、全く同じタイミングで目を覚まし、全く同じことを思案する。
そして、すぐに自分が縄で縛られて身動きが取れない状態であることを理解すると、自分達のことを覗き込む拳闘士の天才を───結城奏汰のことを見る。
「やっと目を覚ましたか...」
奏汰以外にも、見慣れない男女が───健吾や智恵などが部屋にはいた。
そして、それぞれの視界の半分を覆うような形で2人の目に映ったのは重そうな鎧を身に着けた捕吏であった。
「逮捕だ」
捕吏によって、静かにそう伝えられた2人。
奏汰に一方的にボコボコにされた痛みを覚えながら、2人は捕吏によって逮捕されて奏汰達の宿泊している部屋を後にしたのだった。
───それ以降、奏汰達の冒険にソングバード兄弟が関わってくることは無かった。
ご察しの通り、ソングバード兄弟はモブです。