チュートリアルの終わり その①
麒麟の霧消。
それは、このゲームの世界にいる6人の猛者───この世に6人しか存在しないレベル85超えの最強共の総称である『死に損ないの6人』によってすぐに察された。
「───均衡が、崩れたか」
『剣聖』は、商業都市にある邸宅にて紅茶を飲みながらそんなことを口にして。
「1
体
。
や
ら
れ
た
か」
先代『古龍の王』を討伐し、その異名を引き継いだヤコウこと、第2回生徒会メンバーの『怪物』である鼬ヶ丘百鬼夜行は、自らの配下である8体の龍種が討伐されたことに対して、そんなことを口にして。
「フォッフォッフォッ、『一触即死』も死ぬとはのう...」
『魔帝』は、大山脈の山頂にある屋敷の中でそんなことを口にして。
「───王国戦争のカードが減ったか」
『神速』は、絶崖の上に立ち風を読みながらそんなことを口にして。
「───」
『羅刹女』は、ヒンヤリと冷たく暗い部屋の中で静かにその空気の揺れを感じて。
「誰かが討ってくれたのか、俺達の仇を...」
『無敗列伝』は、宗教都市でそんなことを口にして、重い腰を上げる。
───各々が、各々の策謀をその黒く淀んだ胸に抱えながら、動き始める。
ついに、ゲームのチュートリアルは終了したのだった。
これから始まるのは『RPG 〜剣と魔法と古龍の世界〜』の改変版。
ゲームとは少し違った内容で、ゲームよりも鬼畜に改変された敵と、ゲームとは大きく違うNPC達との接点で戦うことになるのであった。
***
本来であれば、麒麟の討伐とと同時にOPが流れ、今後ストーリーに関わってくる『死に損ないの6人』が映像にて確認できるのであるが、健吾達はそんな映像を見ることはできない。
ただ、そこに残された麒麟の付けていたおかめのお面と、戦闘に参加した人全員に均等に分割して渡される経験値だけと、大量のお金だけが残り、他はすべて雲散霧消してしまう。
「───勝ったん、だな...」
健吾は、そんなことを口にする。麒麟との戦闘を終え、健吾のレベルは22まで上昇した。
龍種との戦闘では、戦闘に関わった人に全員に均等に入るように調整されているのだ。1人で手に入れたら一気にレベルが10とか20とか上がってしまうために調整されているのである。
「チエは...チエは、僕のものになってくれないのか!」
負けを認められないのか、そんなことを叫び出すアレン。
「えぇ、ならないわ。ちゃんと、全ての約束は守ったもの」
「クッソ......ッ!」
「その変わり、ワタシがアレンの正妻に───」
「そうだ、エレーヌ。お前だ!」
「おぉ!ついにワタシと付き合って、突きあってくれる気になったか!」
「違う!さっきの決着、エレーヌも斬っていた。だから、チエの1/4を僕に差し出すべきだ」
「は?」
アレンの暴論。
健吾・智恵・蒼・エレーヌの4人が力を合わせて麒麟の首を切った。
だから、1/4は『親の七陰り』の手柄になるはずだから、智恵の体の1/4をくれ───ということだろう。
「チエの体の1/4か、チエの生きている間の1/4を僕と一緒にいてもらう。そうだ、そうしよう。それならば平等だ」
「何、言ってんだよ...お前」
健吾は、話を聞き入れないアレンに対して、怒り───ではなく、恐怖の感情を覚える。
「オレ達が3でそっちが1なら、多数決でこっちの勝ちだろ!」
「僕は、どちらが先に───と約束したんだ。同時であれば、取り分は多数決じゃなくて比率なはずだ。そうだろう?今回はそっちが多いからそう主張するだけで、そっちが少なければそうやって乞うていたはずだ」
「───」
智恵を手に入れるために、言葉を並べて説得───いや、自らの意見を通そうとするアレン。
話を聞き入れないのではない、もうアレンには言葉が通じないのだ。
「パースパスパス。可哀想パスね。コイツは欲しいものは何でも手に入れようとするから、目を付けられた時点でもう遅いパスよ」
パーノルドは、そうやって面白おかしく笑う。
「そうだ!パーノルドの毒もあった。遅効性の毒と...そうだな。タビオスの〈震撼核〉も発動していた!それも含めれば、そっちは3人、こっちも3人でトントンになる!」
「はぁ!?なる訳無いだろッ!」
健吾は、その暴論に怒りが隠せない。だが、そんな怒りをぶつけたところで無駄だ。
だって、アレンは麒麟よりも怪物なのだから。
意味のわからない───いや、そもそも意味があるのかわからない鳴き声を口にしていた麒麟よりも、同じ言語で筋の通らない我儘を言うアレンの方がたちが悪い。
「さぁ、選んでくれ。上半身と下半身で真っ二つにされるか人生の半分を僕の彼女として過ごすか」
「んな...」
「僕だってチエのことを真っ二つにはしたくない。だから、人生の半分を僕の彼女として過ごしてくれると嬉しいかな」
「嫌。これは私達の勝ちだもん。私はアレンのものにはならない」
「───」
健吾の言葉は届かないけれど、智恵の言葉であれば、智恵の言葉だけであれば今のアレンには届く。
───が、届くだけ。それでアレンが落ち着くわけではない。
「アレンのものにはならない───って、最初と約束が違うよね?僕達だって約束は守ったんだし、そっちも約束は守ってもらわないと」
「えっと...エレーヌさんは正妻になりたいんですよね?アレンを止めるの手伝ってもらっても...」
「妾という立場でもいいと思っている」
「あ、駄目だ。話にならない」
「そもそも、俺様達じゃアレンに声をかけても止まんねぇよ。同情するぜ」
どうやら、この状態になった『親の七陰り』のメンバーでさえも止められないらしい。
「なぁ、チエ。約束は守ろうよ」
「いや、断る」
「どうして!」
「アナタの〈戒律の弓〉が全く反応していないから。規則を破ったら死ぬんでしょう?ででも、死んでいないってことは守らなくていいってこと」
「───」
「アナタの弓の能力を信用しているのだけれど───どう?」
智恵の正論に、何も言い返せなくなるアレン。
もし、ここで言い訳や反論をしてしまえば、アレンは自分の弓矢を信用・信頼していないことになってしまう。
師匠から教わった弓を、アレンは疑うことができない。
「───わかった。チエが僕のものにならないのも仕方ない」
「ま、まさかアレンを説得させるとは...流石パスね」
納得を口にしたアレン。が───
「まぁ、いい。どうせ君達は絶望することになる」
アレンはそんなことを口にする。
「君達の宿泊する宿に2人の刺客を送っている。今頃、君達の部屋は惨状だろうよ」
「んなッ!どうして!」
「君達が来なかった時のための対策さ。僕達は『親の七陰り』。その人数分7人いるのさ」
「───ッ!野郎!」
健吾の頭の中に思い出されるのは、『親の七陰り』が紹介された時に口にした「他にも『親の七陰り』はいるのか?」という自分の言葉。
実際に、後2人いたのだ。
「早く帰らねぇと、美緒が!美緒が危ない!」
「プージョンに戻ろう!集まって!」
純介がそう口にすると、5人はその場に集まる。そして、〈転送〉を使用してプージョンの王城前へと急いで転移することにした。
「それじゃ、チエ。また会おうね。惨劇を楽しんでくれると嬉しいね」
「───もう、2度と会いたくないけど、何かあったら復讐しに行くから」
「来い来い。その時には彼氏くんも殺しといてあげるよ」
アレンのそんな言葉を最後に、智恵達5人はプージョンの街へと転移する。
そして、宿泊している宿へと走って戻っていった。
5人の気持ちは皆、同じ。全員無事であってくれ───。
「あー、おかえり。皆遅かったね?」
「え...」
部屋に広がっていたのは───
「いやー、大変だったよ。急に押しかけてきてさ」
そんなことを口にして、ボコボコにされている見知らぬ青髪2人組の上に座っている奏汰の姿であった。