4月6日 その①
───4月6日。
俺は、いつも通りの5時半に目が覚めてしまう。俺はシャワーを浴びて服を着てから、家の外に出る。
〜〜♪
遥か遠くから微かに聞こえてくるのは誰かの口笛。曲は───、わからなかった。クラシックではないだろう。
「あ、智恵」
口笛の発信源は智恵だった。俺は、智恵の方へ走っていく。
「あ...栄!」
智恵は顔を綻ばせる。そして、すぐに顔が赤くなった。
「どうしたの?顔が赤くなってるけど」
「え、あ、いや...」
智恵は、自分の顔を両手で隠している。そんな仕草も可愛かった。
「えっと、何でもないんだけど...栄も、朝はやっぱり早いの?」
「うん、前の生活からかな。目が覚めちゃうんだよ」
「そっか...栄は健康的なんだね!」
智恵は、そう言う。
「そうだ、智恵は予選残ってるの?」
「あ、うん。今は14ポイント...かな?」
「そうなんだ」
「あ、そうそう。美緒から気を失ってたって聞いたけど、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だったよ」
「あの...ごめんね。私は保健室に行けなくて...」
「いやいや、心配かけることはしたくなかったし...」
「───」
智恵は、少し黙り込んでしまう。
「───どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない。大丈夫、大丈夫だよ。うん」
「あ、そうなの?」
「うん」
智恵は、何度も首を上下に振った。何か隠し事をしているのかもしれないが、俺は深く追求しなかった。
しつこく思われても嫌だしね。
「あ、そろそろ部屋に戻ろうかな」
「あ、うん。わかった」
俺は、そのまま部屋に戻る。智恵も、寮の中に戻っていった。
「栄が我慢してるなら...私も我慢しないと...だめだよね...」
智恵は、寮の玄関で蹲る。
智恵は、栄を信用し自らの悲惨な過去を話そうとした。だが、相手に迷惑をかけぬようにしていた栄に、迷惑をかけるようなことは智恵は許せなかった。また、飲み込んでしまった。
***
7時45分になり、俺は学校に向かう。校門前で、稜は集めていた長方形の紙を数枚渡されていた。
「予選敗退者は、連絡用グループで予選参加者のポイントを見ることができますので。是非とも活用してみてくださいね!」
「よし、じゃあ...栄。ポイントを譲渡するぞ!」
「本当にいいの?」
「あぁ、栄に行ってくれれば俺も安心だしよ!」
稜はそんな事を言う。後ろで黙って聞いていた健吾と純介に視線を向けて「それでいいのか?」と再確認する。
「そんな目をされても、オレはもうポイント無いし...」
「僕も健吾と同じでポイントをすぐに0にしちゃったし...やっぱり、稜と栄の2人で決めていいと思うよ!」
「稜がいいと言うならいいけど...責任重大だな...」
「死にはしないし、負けても俺は文句を言わないよ」
「そうか、わかった!」
「んじゃ、栄。後はよろしく頼むな!」
稜は、俺の体に3枚の長方形の紙を貼る。すると───
14→26
と表示された。代わりに、稜の目の前には12→0と表示されていた。
「これで、栄も1位タイに───」
稜がそう言うのと同時に、横を通り過ぎていったのは森宮皇斗だった。
「───え、嘘!」
純介が驚きの声を上げる。
「どうした?」
「これ、見て!」
純介は、俺らにスマホを見せる。そこに書いてあったのは───
「森宮皇斗 40pt」
「森愛香 32pt」
「な───」
高すぎるトップランカー達。俺は26ポイントなので、2位の森愛香とでも6ポイント差がある。
「森宮皇斗に至っては40ポイント?」
止まらないのは、驚きの声。このゲームでそこまでのポイントを稼げるというのか。
「わからない...理解ができない...どういうことだ?」
「まぁ、まぁ、教室に行こうぜ?」
「あぁ、そうだな...」
俺らは、A棟2階の教室に向かう。すると───
「行け、行けぇ!」
「やれ、やれ!」
「おら、殴れ!殴れ!」
教室の机をどけて行われていたのは殴り合いだった。殴り合っているのは、渡邊裕翔と山本慶太。
「───何をやっているんだ?」
俺は、教室の隅にいた紫がかった髪をした小柄な少年───成瀬蓮也に何をやっているのか聞いた。成瀬蓮也は、話しかけられたことに少々驚きつつもこう答えてくれた。
「え、あ、えっと...殴り合いで勝つ方に4ポイントを賭けるんだ...殴り合いに参加した人は、勝てば負けた方のポイントを全て奪える...」
「なんだよ、それ!」
危険過ぎる遊び。
「こんなの、どうして!おかしいよ!」
「あ、え、えっと...その...」
「どうしたの?」
「君も...止めに行かないほうがいいと、思う...」
「え、どうして?」
「───あれ...」
成瀬蓮也が指さした先にあったのは、倒れ込んでいる数人の生徒。倒れていたのは紬と誠だった。
「え、嘘!」
俺は、驚いてその2人に駆け寄る。
「紬、誠、おい!」
「い...たた...」
「大丈夫か、紬?」
「え、嘘!紬!どうしたの?」
純介も、紬に駆け寄る。
「大丈夫、大丈夫なの?」
「へへ...大丈夫...だよ...」
紬はそう言って、泣きそうな目で笑う。
「大丈夫じゃないだろ、無理するなよ!紬!」
純介はそんな声で怒鳴る。だが、殴り合いが白熱している教室内で誰一人としてその声に耳を傾ける者はいない。
「クソ...どうしてだよ...どうして、女子に暴力なんか振れるんだよ!」
純介の激昂。
「栄、紬と誠君をお願いできる?」
「え、純介?」
「お、おい...2人共!ぼ...ぼ、僕が相手だ!」
純介が、そう声を上げる。殴り合いは中断し、殴り合っていた渡邊裕翔と山本慶太の2人が手を止める。
「黙れ」
”ボゴッ”
「へぐっ!」
純介は、顔面に一発殴りを入れられた、そしてヘロヘロと倒れる。
「敗退者が調子に乗るな。ポイントを持っているやつしか、殴り合いには参加できねぇよ!」
「おいおい、純介!大丈夫か?」
純介に駆け寄ったのは、稜と健吾だった。今、目に入ったが梨央と美緒、智恵も教室の隅でアタフタしている。
純介や紬・誠───友達が傷つけられて、大人しくしていられるほど俺は大人しくはない。
”ヴァゴンッ”
渡邊裕翔の一発が山本慶太の鳩尾に入り、山本慶太が敗北する。
「勝ったのは、渡邊裕翔だぁ!」
「クソ、何負けてんだよ!」
「よっしゃ、勝ったぞぉぉ!」
賭けに勝ったやつは、賭けに負けたやつからポイントを譲渡される。誰が誰に賭けたかは、黒板にメモされていた。山本慶太は、少し悔しそうな顔をしながら渡邊裕翔の体にペタペタと長方形の紙を貼っている。
「途中で邪魔が入ったが、いい試合でした」
「あぁ、こっちもだ」
渡邊裕翔の目の前には「18→26」の文字が表示されて山本慶太の前には「8→0」の数字が表示された。
───声をかけるならば、今だ。
「渡邊裕翔、俺と勝負だ。勝ったらポイント全部やる。負けたらポイント全部くれ。もちろん、渡邊裕翔に賭けたやつ全員のだ」
俺は、渡邊裕翔に勝負を申し出た。勝負に出れるのは、俺しかいない。
───男と男のプライドを賭けた一戦が、今始まる。
殴る蹴る、何でもありです。
こんな賭け事思いつくのも、天才故かもしれませんね。





