はじめての魔獣討伐 その⑤
「助けてあげたんだしさ、僕と付き合ってよ」
「───は?」
人面キリンから、智恵のことを助けた銀髪の青年、アレン・ノブレス・ヴィンセント。
彼は、智恵に手を伸ばしながらそんなことを口にした。
「僕は君を龍種の1体である麒麟から助けたんだ。なんで助けたかわかる?君が可愛いからだよ。可愛い君を助けるために、タイミングをずっと見計らってたんだ」
アレンは、どうやら健吾が追われていた時もずっとどこかから人面キリンとの戦闘を見ていたようだった。
だけど、健吾は男だから───という理由で、助けなかったのだろう。
それに、先程の人面キリンが龍種の1体である「麒麟」であることが告げられるなどして、その情報量の多さに智恵は頭を悩ませる。
「僕は君を助けた。だから、君は僕と付き合う。至って単純明快。それとも君は、僕に感謝をしてないのかい?」
「───感謝は、してます。助けてくれてありがとうございます」
「じゃあ、僕と付き合って───」
「それは無理です。私には、恋人がいます」
「───どこに?」
智恵に接近してくるアレン。智恵は後ずさりするけれども、アレンは智恵の方へ進み続ける。
「え、えっと...今は音信不通なんですけど...」
「あー、じゃあもう無理だね。どっかで魔獣の餌にでもなっただろう。死んでる死んでる」
「違っ───」
「そんな昔の男なんか忘れてさ、僕の彼女になりなよ。君が幸せになる道を選ばないと、死んだ元彼だって報われない───」
「死んでないって、言ってるでしょ!」
その言葉と同時、智恵の平手打ちがアレンの左頬を襲う。
パシンッと、乾いたような音が響き、アレンは回避することもできずに驚いたような顔で智恵を見る。
「死んでない!栄は死んでないッ!」
「───君、僕に暴力を振るったね?僕は君を助けてあげたのに、僕は君を助けた恩を返す方法をこれほどまで明確に提示しているっていうのに、君は僕の恩を仇で返すのか。でも、僕も悪かった。死んだ───なんて、僕も無粋だったよね。許してくれ」
アレンは、智恵に対してそう謝罪をする。まだ、智恵のことを諦めきれていないようだった。
「───じゃあ、代わりに提案させてくれ。僕を、その音信不通の彼氏さんが見つかるまでの彼氏にしてくれ。音信不通の彼氏さんが見つかったら、別れてもらっても構わない。なんなら、君の音信不通の彼氏さんを探す手伝いだってするよ。僕は『閃光』のアレンと言われていて、顔も広いんだ。だから、ちゃんと役に立てると思う。それならいいだろう?な?」
「───嫌」
「どうして」
「───と、ストップ。話はそこまでにしてくれ。オレ達も色々あって気が立ってんだ。だから、ここはお互いありがとう、さようならで、終わりにしないか?」
智恵とアレンの仲裁に入るのは、健吾。
智恵が困っているのを見て、助け舟を出したのだろう。
「───うるさいな、君はこの子の何なんだ?彼氏じゃないんなら、関係ないだろ?」
「関係ない訳ねぇよ。智恵はオレの仲間だ。手出しはさせない」
「へぇ、この子チエって言うのか。可愛い名前だね」
「───ッ!」
これまで、明かされなかった「智恵」という名前に、反応するようにアレンは舌なめずりをする。
その行動を見て、智恵は半歩ほど後ろに下がる。
「どうか今回は、お引き取り願いたい。構わないか?」
「───」
アレンは、少し考えた後に、健吾を肘で突き飛ばし、そのまま智恵のことを仰向けになるように転ばせて、その胸に向けて弓を構えた。
「───ッ!野郎!」
「殺すつもりはない、これをやったら今日のところは素直に帰る。それを条件に、僕の話を聞け」
弓矢を向けられている智恵はそのまま動けないし、健吾が引き剥がそうとしても、弓矢を放たれる可能性があるので動けない。
だから、ここはアレンの話を聴くしかないのである。
「今日から1週間後。8体いる龍種の内の1体、麒麟の住処があるとされているピンナム高地で、麒麟の討伐に挑戦する。お互い、5人のチームを組んでピンナム高地に集合だ。どちらが先に麒麟を討伐できるかで勝負だ。僕が勝てば、チエは僕と付き合う。でも、チエが勝てば僕は君を諦める。それで、文句はないな?」
「文句はないって...」
「文句があるなら、このままチエを殺す。僕のものにならないのなら死ね」
「んな、そんなのってありかよ!」
「───いいわ、その条件を飲みましょう」
困惑する健吾に、それを承諾する智恵。
「1週間後、ピンナム高地で5人チームで麒麟を先に倒せばいいのね?」
「あぁ、そうだ」
「わかった、じゃあそれにして。その代わり、条件も追加」
「なんだ?」
「意図して、相手チームを傷付けるのは禁止。傷つきに行くのも禁止。それが破られたら、その時点でルールを破った方の負け。それが絶対条件よ」
「もちろんだ。紳士的に勝つよ」
「マジかよ...」
「約束したんだし、弓矢を構えないで」
「嫌だね」
その直後、アレンは智恵に対して矢を放つ。智恵の矢は、智恵の心臓を貫き───
「───って、死んでない?」
「〈戒律の弓〉だ。さっき決めた規則を破れば、お前は死ぬ」
「───わかった。守ればいいんでしょう?」
智恵は、アレンの言葉に強気に返す。アレンだって、脅しで口にしているわけでは無さそうだった。
「随分と強気だね。命を賭け慣れているのか?」
「ううん。負けるつもり無いから」
「───そうか」
そう口にすると、アレンは智恵から離れる。そして、そのままプージョンの街の方へと歩いていく。
「それじゃ、楽しみに待ってるよ。僕のものになる時が楽しみだ」
アレンはそんなことを口にすると、歩いてどこかへと行ってしまった。
「───智恵、大丈夫か?」
「うん。こんなので心が折れてちゃ、栄は助けられないもん」
───1週間後、龍種の1体である麒麟の討伐に動かなければならないことが確定した智恵。
栄を想う彼女の気持ちは、止まらない。