はじめての魔獣討伐 その③
「ぬヌぬヌ?」
健吾が、震える女性のような、不気味な声を聴いたのは、恋人である美緒と、失神してしまった純介を見守っている時であった。
第5回デスゲーム参加者の誰でもない、声を聞いてその発信源の方へ振り向いた時、健吾の顔は青ざめていった。
「───なんだよ...コイツ」
智恵のことを覗き込むようににして見ている怪物。
そこにいたのは、怪物だった。
ケンタウロス───いや、ケンタウロスは下半身が馬で上半身が人間であるけれど、コイツは顔以外の全てが馬で、顔だけが人間であった。いや、顔はおかめの仮面を付けているみたいなので、顔が本当に人間なのかもわからない。
そして、首はろくろ首のように伸びているのであった。
「ぬヌぬヌー」
意味不明な声をあげて、智恵のことを凝視しているその生物。名前は知らないが、すぐに怪物───魔獣であることは理解ができた。
しかも、この周囲にはいないようなサイズ。現実の馬よりも大きな、サイズとしては馬というよりキリンである生物。首が伸びるのも、そのサイズ感も相俟って、呼ぶのであれば「人面キリン」が、いいだろうか。
「い、や...」
智恵が、手に持った剣を落としてそんなことを口にする。蛇に睨まれた蛙のように、智恵はその場で棒立ちになり動けなくなってしまっている。
そして、それは睨まれていない健吾や美緒も同じであった。
「智恵を、助けないと...」
「ぬヌぬヌぬー」
健吾が、言葉とは裏腹に動けないでいるその時。先に、人面キリンが動いた。
人面キリンは、智恵を丸呑みにしようと伸縮自在に首をうねらせ、智恵の頭上に移動したのだ。
「───助けて」
智恵が、棒立ちのまま涙を流して健吾と美緒の方を見る。得体のしれない怪物に丸呑みされる───それほどの恐怖はないだろう。
健吾は、その体がなんとか動けるようになったのを感じ、剣を握って智恵の方へ体を進ませる。
だが、人面キリンの動きは止まらず、そのまま智恵のことを丸呑みにして───
「───させないッ!」
───しまう前に、美緒が放った弓矢が人面キリンのおかめの仮面に突き刺さる。
「───ぬヌ?」
人面キリンは、そんな声を出して智恵の方ではなく美緒の方を見る。そして、首をグルリと180度回転させて、「ぬヌぬヌぬヌぬヌ」などと、金属と金属が擦れ合うような音を出した。
「智恵、逃げるぞ!」
その間に、健吾は動けなくなっていた智恵と、智恵の武器である剣を回収して、人面キリンから距離を取った。
「健吾、ありがとう...」
「どうも。それにしても、なんなんだアイツは...」
健吾は、人面キリンを見て不快そうな顔をする。実際、見ているだけでも精神衛生上良くないような気がする。
「健吾、とりあえず逃げよう」
「あぁ、そうだな。だけど、純介が起きてない。背負って逃げるしか無さそうだ...」
そう口にして、健吾は自らの剣を鞘に納めて純介を背負った。
「ぬヌぬヌぬヌぬ」
相変わらず、意味のわからない言葉を発している人面キリン。だけど、ソイツは健吾達3人の方を見て前掻きするような動きを見せる。
「───俺がカウントダウンしたら後ろに逃げるぞ...3・2・1...今!」
健吾が、人面キリンと顔を合わせながら───正確には、顔と仮面を合わせながら、そう合図を口走る。
そして、カウントダウンが0になって、健吾達は一斉に背中を向けて走り出した。
「ぬヌぬヌぬ」
人面キリンは、逃げ出していく健吾達の姿を見て、追いかけるように走っていく。そのスピードは、馬並みだ。
「───クソッ、思った通り速いッ!」
ろくろ首のように伸縮自在な首を持ち、おかめの仮面を付けている───だなんて、奇っ怪な姿形をしているものの、その体の大半は馬と同じ姿だ。
たくましい筋肉が、その前足には見えた。
「───このまま追いつかれたら全滅だ!智恵、美緒!俺から離れろッ!」
「でも!」
「いいから!ここで全滅するほうが駄目だ!」
「それなら、私が食い止める!」
そう口にして、智恵は剣を両手で握って、体を180度回転させる。走ってきている、人面キリンに挑もうと言うのだ。
「智恵、無茶だ!」
健吾は、無謀な挑戦をする智恵を止めようとその動きを止めようとするものの、純介を背負っているせいか、中々失速できない。
たかが数秒。だが、そんな数秒で、人面キリンは智恵のいるところまで辿り着いてしまう。
「まずは動きを止める!」
智恵はそう口にして、自らへと突進してくる人面キリンの動きを見極めて、ギリギリのところで回避行動を取る。のだが───
「え、私狙いじゃないの!?」
智恵を無視して、そのまま健吾の方へと走っていく人面キリンを見て、そんな言葉を投げかけている。
「───気付いてるのか、こっちにはオレだけじゃなく純介もいることに!」
「ぬヌぬヌぬヌぬヌ」
そのまま、健吾の方へ走ってくる人面キリン。恋人である美緒も、もう既に健吾から距離は取っていた。
───が、それは美緒が健吾のことを見捨てた訳では無い。
美緒は、慈愛の心を持つ優しい少女。まるで聖母のような温かさをもつ少女。
再度、誰かを助けるために、美緒は弓矢を引き放つ。
「───ここ」
冷静沈着で冷酷に放たれるものの、どこか温かみのある矢。それが、人面キリンの足に突き刺さる。
───が、そんなことも気にせずに人面キリンは健吾と純介に対して襲いかかるのであった。
「───ッ!止まらないだと!?」
絶体絶命の健吾。自らの死を覚悟し、なんとか純介だけでも助けようと、純介のことを投げ飛ばそうとしたその時───。
「───ひゃっほーい!ロマン武器は最強だピョーン!」
その時、まるで隕石かのようなスピードで、上空から人面キリンの頭上に落下してきたのは、1人の人物───そう、斧を振り回しては大量の雑魚魔獣を狩って楽しんでいた、宇佐見蒼であった。