閑話 渡邊裕翔の過去
───負けた。
栄に負けた。
運動も勉強も渡邊裕翔───オレの方が出来たはずなのに、オレよりも運動も勉強もできないはずの栄に負けた。
喧嘩だってオレのほうが強いはずだったのに、オレよりも弱い栄に負けた。
全部、全部負けた。
オレの方が優れていたのに、何もかもで栄に負けた。
誰も、誰も助けてくれずに栄に負けた。それで、死んだ。
誰も、オレを助けるつもりもなく、オレが死ぬのを当たり前だと言わんばかりに、オレが死んでもほとんど気にせずに、生き続けた。
嫌い、嫌いだ。栄も、皆も大嫌いだ。
全員殺した。オレが死んででも、全員殺した───。
───あぁ、そうだ。それも失敗したのだった。
こんな羽目になるなら、オレはクソババアの話をちゃんと聞いておけばよかった。
オレが無理言って、こんな学校に来なければ、オレがクソババアとクソジジイの話を聞いて、軟禁に似た生活を送っていればよかったのに───。
***
オレは、1人で電車に乗ったことがない。
理由は至極真っ当で単純明快。オレの両親が、あまりに過保護だったのだ。
長年の妊活の末生まれてきた子らしいし、その上生まれて数年はかなり病弱だったらしい。
生まれるどころか受精する前のことなんか知らないし、生まれてからも病弱だった記憶なんか存在しないのだが、両親は「心配だ」などと口にして、オレを1人にしなかった。
その過保護さと執念は折り紙付きで、オレを学校で一人にしないために、小学校教諭になるための勉強をわざわざし、それに合格してしまうほどだ。
そして、更にその6年間の間で中学校教諭になるための試験勉強をして見事合格、オレと同じように中学にまで上がっていたのだ。
月火水木金土日、24時間365日、平日も休日も晴れの日も雨の日も家でも学校でも友達と遊ぶ時も病める時も健やかなる時も富める時も貧しき時も楽しい時も嬉しい時も辛い時も悲しい時も、いつだって両親のどちらかはいた。
オレにとっては、家族旅行も修学旅行もほとんど変わらなかった。だって、どこにだって両親が付いてくるのだから。毎日が授業参観であったし、監獄の中にいる囚人のような気分であった。
発育に大切な思春期を、こうも親に縛られて生きていれば、周囲は違うのにオレだけに両親がこうもベッタリと付いていれば、自然と疑問に思うし、それに反発したくもなる。
だから、オレは両親に対して激しい反抗期がやってきた。
「───どうして、オレにまとわりついてくんだよ!」
「それは、裕君のことが心配だから」
オレの母親───クソババアは、家でも学校でも変わらず「裕君」と呼んだ。オレには、それが癪に障った。
「心配心配って、ウザいんだよ!オレだってもう中学生!いい加減離れてくれよッ!」
思春期のオレにとって、両親が近くに常駐してくるというのは非常にウザったいことだった。
勉強をサボりたいのに、近くに両親がいるのだからサボりようにもサボれない。それに、クラスメイトからも嘲笑とも恐怖とも違った、不思議なものを見るような目で見られていた。
きっと、嘲笑されなかったのは両親がいたからこそだろう。両親がいなければ不思議な目で見ることもなく、普通の学校生活を送れてただろうから、感謝はしない。
「───なんでそんなこと言うの?お母さんは裕君のことを心配してるんだよ?」
「そうだぞ、裕翔。お父さんもお母さんもな、裕翔のことが大切なんだ」
「だけど、皆は一人で学校に来てるだろ!だけど、オレは───」
「裕君のお友達───拓馬君のお母さんや倫太郎君のお父さんとかは、拓馬君や倫太郎君のことを大切に思ってないのよ。ほら、拓馬君のお母さんって高卒で母子家庭だし、倫太郎君のお父さんは海外に出張してるでしょう?」
「でも、オレ以外は───」
「いいじゃない、私達は裕翔のことをこんなに想ってあげてるんだから。愛しているからやってあげてるのよ?」
「いらない、オレにはもう必要ないッ!」
オレは、家出をしようとした。だけど、逃げる前にクソジジイに手を掴まれた。だから、家出も何もできなかった。
オレは、両親という鎖から離れることができなかった。
───そんな状態で、暮らし続けたけれど、オレが高校2年生の11月頃に、家に1通の手紙が届く。
「裕君宛ね。何が書いてあるかしら?」
「オレへの手紙だ、返せ」
オレは、クソババアから手紙を奪い取ると、中の手紙を見た。そこに書かれていたのは───
Dear渡邊裕翔
素晴らしき才能を持つ皆様、お元気にしていますでしょうか?今から
言及致しますのは、あなた達の18歳の過ごし方でございます。
1年間、私達の運営する「帝国大学附属高校」で活動するというプログラ
ムです。このプログラムに参加して卒業すると、大学には「帝国大学」
に通うことが可能です。高大の一貫というわけです。是非とも、
参加していただけないでしょうか。拒否するのであれば、断ってもかまいませ
ん。ですが、勧誘のチャンスは一度きりとなります。是非とも、参
加して頂きたいのです。プログラムの内容は、参加者にのみ、後日詳
しく伝える旨のメールを送ります。プログラムの参加者は、以下の電話番号
または、メールアドレスにまでご連絡ください。なお、参加しない方はメッ
セージ等は不要です。他にも、ご質問等ございましたら、メールに連絡をな
んなりとしてください。皆様のご連絡を、私達はお待ちしております。これ
からの学生生活に幸あれ。
電話番号 0○0ー○○○○ー××××
Gmail ??????????????.com
「これは───」
「駄目よッ!こんなの、絶対に行かせないんだから!」
そう口にすると、クソババアはオレから無理矢理にでも手紙を奪い取り、それをビリビリに破った。
「何もなかった、いいわね?」
「───」
クソババアはそう口にした。だけど、オレは書かれていたGmailを覚えていたからそこに連絡を取った。
家のWi-fiを使用すると履歴を見られるので、4G回線を使用して、受信送信したメッセージは確認次第すぐに消して、なんとか連絡を取った。
そして、クソババアとクソジジイに何も言わずに家を出てきた。
きっと、両親は今でもオレのことを探していただろう。警察に何回も駆け寄って、被害届を出していることだろう。
まさか、オレがデスゲームに参加しているなどと思わないから、誘拐されたと思うに違いない。
だけど、もうオレが死んだ。両親ではなく、多くの仲間に囲われた栄に負けて死んだ。
さようなら。もう帰るつもりはない。