6月25日 その⑤
時刻は、12時45分。
「───そろそろ、行こうか」
図書室にあった数学の参考書のページを閉じ、隣で勉強していた智恵にそう声を掛ける。
智恵は、まだ解きかけであったようだが、俺に合わせてノートを閉じてくれた。少し申し訳ない。
「うん、行こっか」
この問題の続きは、第7ゲーム『ジグジググジュグジュ擬似選挙』の最終結果が発表し、俺か裕翔のどちらかが死亡した後だった。
ゲーム名の、「ジグジググジュグジュ」という擬音、最初は何かわからなかったが今はわかった気がする。
相手が裕翔であり、最初から嫌っていたからあんまり実感はないけれど、このジグジググジュグジュという肉を腐らせたような音で、腐っていたのは人間関係だった。
実際、相手が嫌いなやつじゃなくても暴力を振るったり妨害行為をして来たら嫌いになるだろう。
なにせ、俺達は全員敵なのだ。殺し合うことしかできないのだ。
47vs43という票数で終わっていて、次が最後の投票である以上、一番票数の差が近くとも56vs55となるから、同数による引き分けは有り得ない。
俺か裕翔の、どちらかは確実に死ぬのだ。
「───栄、大丈夫そう?」
「あぁ、勉強の方はあんまり集中できなかったけどな」
「途中で質問しちゃってごめんね。でも、栄は集中できないのに私の質問に的確に答えられてすごいなぁ。私は数学が苦手だから、そういうのできないや」
智恵は、そう口にすると恥ずかしそうに可愛く笑う。俺は、そんな智恵のことを見て図書室の出口のところで抱きしめてしまう。
「ん、何」
「───いや、演説が始まったらできないからさ」
「そう、だね...」
俺は、十数秒ほどハグをする。永遠にしていたいその時間を、残酷にも終わらせたのは、俺達がハグをしているところで、図書室の外に出れていなかった竹原美玲であった。
「イチャついているのに妨害してごめんなさいね」
美玲は、俺達に出れないのを妨害されてなお、何かいいものを見たかのようにしてニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「なんでそんな笑ってるんだ?」
「いやー、別に。ねぇ?」
きっと、美玲は俺と智恵がイチャついているのを見て冷やかしているだけだろう。
「ほら、そんなことより早く教室に行く方がいいんじゃない?もう後2分よ?」
「───そうだな、智恵。行こう」
「あ、行くなら手とか繋ぐ?それならワタシはおじゃま虫ね」
美玲は、そう口にして教室の方へと駆け足で行ってしまう。
「手なんか繋がないよ!」
俺がそう声を張り上げるけど、美玲の耳には届かない。代わりに、智恵の耳には届いたようで───
「手、繋がないの?」
「───繋ぐ」
俺は、智恵の少し悲しそうな目に撃ち抜かれて手を繋ぐことにした。朝令暮改も甚だしいが、智恵が可愛いのだから仕方ない。
そして、俺が教室へと向かうと───
「───よぉ、栄。遅かったじゃねぇか」
教室に大量に散らばっていたのは、紙吹雪のような大きさにまでビリビリにされた、大量の投票用紙だった。
「これって...」
「教室においてあった投票用紙をビリビリにした。これで、誰も投票することができない」
裕翔が、そう口にする。どうやら、投票させないために全員分の投票用紙を破り捨てたようだった。
「まさかお前ッ!」
「あぁ、そうだよ。栄を殺すのが無理だってなら、栄以外を殺す。オレだって死ぬが、仕方ない。オレが死ぬのなら、全員一緒に死んでやるよ!」
裕翔は、ニタニタと笑みを浮かべながらそんなことを宣言する。
目の前にいるのは、本当に最低な、最低で最悪なクソ野郎だ。自分が死んでも、俺を俺達を苦しめようとする最低な野郎だ。
「───だなんて、言うと思ったか?」
裕翔はそう口にすると、ほとんど全員が集まり、そのほとんどが投票用紙を破られていることを理解しているその教室で、5枚の投票用紙を見せる。
「見ろよ、これ。5枚。5枚あるぜ?マスコット大先生が発表したのは票数は栄が47票、オレが43票だったよな。これで、オレが強制的に5票入れさせたらどうなるかわかるか?」
「───ッ!貴様ッ!」
裕翔の算段で行くと、俺が47票なのは変わらず、裕翔が48票になり、裕翔が勝利してしまう。
俺は票数が少なくて死に、票を手に入れられなかった人は、最後の投票ができなくて死亡する。
要するに、裕翔と票を勝ち取った5人が生き残る───という風になってしまうのだ。
「───と、そんな貴重な一票だが。オレはこの中の1票を智恵に渡そうと思う」
「え...」
智恵は、裕翔から投票用紙を受け渡される。
「オレの名前を書いて、栄を一緒に殺すか?それとも、オレに最後まで楯突いて、投票せずに死ぬか?」
「───」
智恵に課された重大な決断。
ここで、裕翔が智恵に票を渡したのは、ここで智恵がどんな行動をしても、最悪の場合でも47vs47という俺との引き分けの形で第7ゲームを終えられるからだ。
そこまで考えたうえで、こうして行動しているのが本当に気持ち悪い。
「さぁ、投票の時の決断を楽しみにしてる。せいぜい、オレのいない最後の10分を楽しむことだな───」
「投票の時まで待つ必要もない。私は───」
智恵はそう口にして、裕翔に渡された投票用紙の上にペンを走らせる。そして、智恵はその「池本栄」と書かれた紙を裕翔に見せつけて───
「───私は、栄に投票する!」
裕翔に対して、智恵はそう声高らかに宣戦布告したのであった。