6月25日 その③
「───栄、そんなに急いでどうしたの?」
裕翔の演説が終わった午前10時。そこにいたのは、怪我一つしていない智恵だった。
「よかった...」
茉裕の言葉は、全部嘘だった。
智恵は怪我をしていないし、何一つとして酷いことをされているような様子はなかった。
「───私の揺さぶりも、ほとんど意味は無かったみたいね...」
教室の中で、避けられるようにして教室の真ん中に立っているのは茉裕。もちろん、その場にいる全員が茉裕が手を出せないことくらいわかっていた。
だが、それでも生徒会メンバーである茉裕は避けたいものなのだろう。
「茉裕、テメェ!オレの演説を妨害して入ってきやがって何が意味はなかった───だ!」
教壇の上に立つ裕翔が、茉裕に対して声を荒げる。そして、教室の真ん中にいる茉裕の方へと歩いていった。
どうやら、茉裕と裕翔の2人は協力関係ではなく、茉裕が独断で行った行動のようだった。
「ごめんごめん、栄を揺さぶって殺そうかな───って思ったけど、失敗しちゃって」
「だからと言ってオレの演説を邪魔するは無かっただろッ!」
「邪魔したくてしたわけじゃない。たまたまよ、たまたま」
「───ッ!」
「はい、皆さん。静粛に。園田茉裕さんも渡邊裕翔君も静粛に。みなさんも落ち着いて席に戻ってください」
2人の喧嘩勃発しそうになったその時、マスコット大先生が珍しくケンカの仲裁として入った。
そこになにか策謀があるのか、それとも単に投票を進めたかったのか。
デスゲームの内容の中で、マスコット大先生がこうして大きく関わり、どちらかに有利に運ばせるようなことはないから、早く投票に進みたかった───そう考えていいだろう。
マスコット大先生は、味方ではないが敵でもない。あくまで、中立の嫌な奴という立場だ。嫌な奴だが、敵ではない。
「───はい、静かになったので早速投票に入りたいと思います」
俺と裕翔は、投票箱のおいてある教卓の後ろに立ち、皆の投票を待つ。
───この投票は、渡邊裕翔の「邊」の字を別の字に書いて欲しい、と皆に指示した。
裕翔がその名前を見るとは思うが、気付かないくらいの改変で皆抑えておいてくれているはずだ。
そう思いながら願っていると、一番に前に来るのは康太であった。
「───見せろ」
そう口にして、康太から投票用紙をぶんどると、中身をしげしげと確認した。
「───よし、いいぞ。入れろ」
「はいはい」
そう口にして康太は投票する。あんなに入念にチェックしていたのに、誤字に気が付かないとは。そう思っていると、康太は俺の方へやってきて───
「怪しまれないように、俺は正しい文字で入れた。すまん」
「───」
康太が通り過ぎるのと同時に、俺にしか聞こえないような声でそう口にした。そして、そんな康太に続いて誠や蒼などが列を成す。
「はよしろピョン」
「うっせぇなー」
そう口にして、康太ので信じ込んだのかチラリと見て票を返す裕翔。どうやら、作戦は上手く行っているようだった。そして、智恵や健吾なども並び始める。
「栄、今日はオレの名前を書いているが文句はねぇのか?」
「俺が指示した。裕翔の名前を書けってな。今は怪我をしないことが優先だ。幸い、お前が伸びてる間に票は大量に手に入れられていたしな」
「───ッチ!そうかよ、気持ち悪いぜ。ぶん殴ってやろうか?」
「そんなことしたら、昨日みたいに返り討ちにしてやる」
九条撫子との約束で、智恵はもう迂闊に七つの大罪を暴走できないような状態になっているので、完全なハッタリだったのだろうが、昨日ボコボコにされた裕翔に対しては効く脅しだった。
「───ッチ、しょうがねぇ。数票もらうだけで許してやる───って、お前なぁ!」
俺のところからでもハッキリ見えるほど濃く大きな字で「池本栄」と書かれた紙を持って、裕翔に見せたのは愛香であった。
「汚らわしい。貴様の名など書けるか。馬鹿たれ裕翔」
「野郎ッ!俺は馬鹿たれじゃない、渡邊だッ!」
そう口にして、愛香のことを殴ろうとした裕翔。だけど、愛香はそれを軽々と避けて票を入れた。
「クソが、クソがッ!」
裕翔は、そうやって地団駄を踏む。そして、愛香の後ろに並んでいた奏汰のをチラリと見て、それを奏汰に返した。
───そして、全員の投票が終わる。
保健室にいた稜の票は、マス美先生が入れに来ていた。まだ、背中の傷の縫い合わせが出来ていないようだった。
「───はい、それでは5回目の投票も終わりましたね。次の時間で最後の投票になります!」
マスコット大先生は、全員の投票を終えたことを公言して今回の投票を終わらせようとする。その時───
「折角ですし、現状集まっている票数を公表していきたいと思います!」
マスコット大先生はそんなことを言い始める。そして、その場の誰が止めるよりも早く、勝手に票数を公表してしまう。
「池本栄君47票!渡邊裕翔君43票!現在、4票差で池本栄が勝利しています!」
───個人的にはもっと圧勝しているはずだったのに、俺と裕翔の票差はそこまで近付いていた。
だが、次の投票で9票だけでも手に入れることができれば、俺達は勝利することができる。絶対に、勝たなければならない。