6月25日 その②
第7ゲーム『ジグジググジュグジュ擬似選挙』のルール
1.本ゲームは2人が立候補者となり、残る参加者は有権者となる。
2.有権者には1日の中で午前10時と午後13時の計6回に投票する権利が与えられる。
3.立候補者は投票することができないけれど、教室にて1日1回10分間の演説タイムが与えられる。演説タイムの際は、生存している有権者は全員集合しなければならない。
4.片方の立候補者が演説をしている場合は、もう片方の立候補者はそれを聴くことができない。
5.有権者は、指定の時刻から1時間の間に投票箱に正しいフルネームを紙に書いて1枚のみ投票することが可能。
6.投票は任意だけれど、初日の1回目と最終日の2回目の2回は必ず有効票で投票しなければならない。
7.投票数が多かった立候補者の方は生き残り、投票数が少ない立候補者は死亡する。
8.立候補者は有権者及び立候補者に暴力を振るうことができるが、有権者は立候補者及び有権者に暴力を振るうことはできない。
9.有権者は、投票の義務を守らなかったり、1度の投票で2枚以上投票したら死亡する。
9時45分。
「あ、そろそろだ」
図書室で、智恵と2人で勉強していた俺は、智恵のその言葉で時計を見る。
10時に投票が始まり、その10分前には裕翔の最後の演説が開始する。
ここから教室に戻るのには、2分もかからないが、一応のことも考えて俺達は5分前に移動する。
と言っても、俺は立候補者であるから裕翔の演説は聴けない。
だから、ここで智恵だけが移動して俺は勉強を続行していてもよかったのだけれど、その道筋で智恵が裕翔に襲われる可能性があったから、俺は一緒に行くことにしていた。
もう、昨日のように裕翔が誰かを誘拐できるチャンスを作らないようにしていた。
俺と智恵は、図書室を後にしてそのまま『3-Α』の教室へ向かう。
俺の心配事は杞憂だったようで、裕翔は鉢合わせるどころか見かけることすらもなかった。
「それじゃ、10分後」
「うん」
俺は、智恵と教室の前で別れを告げると2つ隣の空き教室まで移動する。ここならば、裕翔の声が届くことはない。何かの間違いで聞いてしまう───ということは防げるのだ。
空き教室にあった時計の長針が10を指し、俺はつばを飲み込む。始まったのだ、裕翔の演説が。
ここから10分、教室の中に俺は入れなくなり、完全に裕翔の支配下ということになる。
前回、裕翔の演説が終わった後に教室を戻ったところに広がっていたものは、酷く凄惨なものだった。
智恵が裕翔に理不尽に殴られ、血を流して泣いていたのだ。
裕翔は自分に票を入れるよう脅すために、平然と智恵や紬を殴ったのだ。
だから、今回も裕翔が暴力を振るうかもしれない───と考えると、怖さがやってくる。
今度は、裕翔は智恵を殺すつもりで襲いかかるだろう。もう既に、ナイフを用意していて智恵を突き刺しているかもしれない。
俺が教室で何を行われているのか知れるのは、10時になってから───
「───あ、栄。いたんだ」
「───ッ!」
教室に入ってきたのは、1人の女生徒。本来であれば、演説を聞いているはずなのに、彼女はここにいる。
それは、いつもそうだった。いつも、どこにいるかはわからないもののオンラインで俺や裕翔の演説を視聴していた人物、そして今も同じようにスマホに有線のイヤホンを繋げ、片耳にだけ入れている人物───第5回デスゲーム生徒会メンバーの園田茉裕であった。
「なんで...ここに...」
「知りたいんでしょう?中で何が起こってるのか」
「───」
茉裕は、そう口にすると少し口角を上げる。
俺と、駆け引きをしようと言うのだろう。少しでも気を抜いたら、俺は茉裕に心酔させる能力によって操られてしまう。
それだけは絶対に避けねばならない。だから、茉裕の耳には声を傾けてはいけない。知らないフリをしろ、聞こえないフリをしろ。
「───ッ!ヤバッ、また裕翔が中で暴れてるよ」
茉裕は、少しオーバーにそう口にする。有線のイヤホンで何が流れるのか俺は聴くことができない。
中で、裕翔が本当に暴れているのかなんてわからない。
「この叫び声は...智恵のだね。アナタの恋人の智恵。殴られてる───のかな?それとも、それ以上?」
茉裕は、俺に対して言葉を投げかけながらイヤホンの奥から嘘か本当かわからないものの実況を開始する。
俺は、茉裕のことを信じない。
「うわー、可哀想!智恵ちゃん泣いてるよ、でも、周りの皆は誰も助けそうにない。まぁ、そうだよね。殴られるのは怖いし仕方ない」
茉裕の心の揺さぶり。助けられるのは俺しかいないと言いたいのだろう。
これは、裕翔の差し金か。それとも、茉裕が勝手にこうして行動しているのか。
俺には、それを判別する術などなかったし、茉裕に聴いたところで適当な返事しかされないだろう。
だから、俺は茉裕の声を無視するに徹するしかない。
智恵に暴力が振るわれているとどれだけ言われても、俺は動揺しない。
茉裕は、俺の心に漬け込んでくる。絶対に、その心酔させる能力を俺に対して使用してくる。
だから、俺は鋼の意思を持って茉裕の言葉を耐え切らなければならない───。
「───え、嘘。智恵が」
茉裕はそう口にすると、ダッと音を立てて、そのまま『3-Α』の教室のある方向へと走って出ていく。何があったのか、俺にはわからない。俺には知る由もない。
智恵の名前を口に出していたから、智恵に何かあったのか。
先ほどとは違い、茉裕は驚いたような顔をして教室を出ていった。
これは茉裕の演技で本当は何も起こっていないのか。それとも、本当に智恵に何かがあったのか。
「───クソッ、わからねぇ...」
茉裕は、生徒会メンバーだとバレるまでは俺達にそのことを隠し通していたのだ。少なくとも、嘘を付くのは得意だと言えるだろう。
「だけど、演説会場に乗り込んだら俺が死んじまう。嘘だった場合は無駄死にだ。でも...」
俺は、思案をする。が───
「───いや、俺は信じるよ。友達を」
俺は、そう口にする。
そう、智恵は1人ではない。俺には、智恵には友だちがいる。
何かがあったら、智恵を守ってくれるはずだった。少なくとも、智恵が殺されるようなことはない。
「───そう、だから大丈夫。これは茉裕の演技だ」
俺は、そう口にする。迷いはない。茉裕と裕翔には、俺は絶対に負けない。
時刻は10時。俺は演説を終えた教室に向かう。そこに広がっていたのは───